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2021.05.26

営業推進部:飯野

【Cases & Trends】米国:特許購入者は要注意!「アサイナーエストッペル」法理のゆくえ― 廃止、存続、限定的存続か(前編)

今回紹介するのは「アサイナーエストッペル」法理(doctrine of assignor estoppel)をめぐるアメリカ特許訴訟の最新動向です。特許実務者にとって「プロセキューションヒストリー・エストッペル(審査経過禁反言)」「ファイルラッパー・エストッペル(包袋禁反言)」ということばは馴染み深いと思います。また、契約実務をされている方は、「ライセンシーエストッペル」ということばも耳にしたことがあると思います(下記の通りすでに廃止されていますが)。「アサイナーエストッペル」もまた、これらと同じ「エストッペル(禁反言)」という衡平法上の法理のひとつです。

アサイナーエストッペル法理が適用される典型例は以下のようになります。
「従業員発明者Xが自らの発明に関する権利を会社Aに譲渡した後に退職し、自ら設立した会社Bで当該発明に関する競合ビジネスを展開する。これに対し会社Aが元従業員Xから譲渡された発明に基づく特許の侵害を理由に会社Bを訴えると、会社Bは当該特許の無効を主張した。会社Aはアサイナーエストッペル法理を主張して、会社B による無効抗弁を取り下げるよう裁判所に求めた。」
会社Aが主張するアサイナーエストッペル法理とは、「他者に特許権を譲渡した者/アサイナー(またはその関係人)が、後にその特許の有効性について争うことを禁ずる法理。根底にあるのは、売り手(譲渡人)が何かを他者に売っておきながら、後になって、売ったものは価値のないものと主張して買い手(譲受人)に不利益をもたらすことは許されるべきでない」という考えです。
類似するライセンシーエストッペル(特許ライセンスを受けた者が後にその特許の有効性を争うことは許されない)については、Lear判決(後出)により廃止されていますが、アサイナーエストッペル法理はいまもなお生きていて、ときどき特許訴訟における論点の一つとして現れます。むしろ今後は、人(従業員発明者)の移動や事業買収(特許・知財譲渡を含む)などの増加に伴い、アサイナーエストッペル論争が展開されるケースが増える可能性もありそうです

今回紹介する事例は、まさにこのような状況下で「アサイナーエストッペル法理の適否」が争われたもので、同法理の適用を認めたCAFC判決に対する上告請求を2021年1月に最高裁が受理しました。すでに口頭弁論も行われ、今後最高裁がどのような判断を下すのか、広い注目を集めているのです。
少し長くなるため前編と後編に分け、今回はCAFC判決前半部分をご紹介します。後編ではCAFC判決後半と最高裁に提出された関連団体や政府の意見書(amicus brief)などを紹介し、この問題の背景や本質、今後の展望などについて探りたいと思います。

Minerva Surgical, Inc. v. Hologic, Inc. No.20-440
CAFC判決 4/22/2020 最高裁上告請求受理 1/8/2021 口頭弁論開催 4/21/2021

事案の概要
1993年Csaba Truckai(トルカイ)は、Nova-Cept社を共同で設立した。
1990年代後半、トルカイとその設計チームは、子宮内膜アブレーションに利用される医療機器NovaSureシステムを開発した。– NovaSureシステムは2001年9月にFDAの販売承認を受けている。また、トルカイを発明者とする特許出願がなされ、本訴訟対象となる米国特許6,872,183号および9,095,348号がそれぞれ、2005年、2015年に認可されている。–
1998年8月および2001年2月、トルカイは ’348特許および’183特許となる出願に関するすべての権利をNova-Cept社に譲渡した。
2004年、Nova-Cept社は3億2500万ドルでCytyc社に買収され、Nova-Cept社が保有する特許権や特許出願もCytyc社に譲渡された。
2007年、Cytyc社はHologic社(ホロジック)に買収され、’183特許および’348特許(となる出願)もホロジックに譲渡された。ホロジックはNovaSureシステムを全米で販売した。
2008年、すでにNova-Cept社を退職していたトルカイはMinerva Surgical, Inc.(ミネルバ)を設立した。ミネルバは、子宮内膜アブレーションシステム(EAS)の開発を行い、2015年にはホロジックのNovaSureシステムと同じ適応症でFDA承認を受けた。ミネルバは2015年8月にEASの販売を開始した。

2015年11月、ホロジックは、’183特許および’348特許の侵害を主張して、ミネルバをデラウェア地区連邦地裁に提訴した。これに対しミネルバは、実施可能要件および記載要件の不備を理由に特許無効の抗弁をするとともに、特許庁に対してもIPR(Inter Partes Review)を申請した。
特許庁審判部(PTAB)は、’183特許についてIPRを開始し、’348特許については審理をしないことを決定した。
2017年12月15日、PTABは、自明性を理由に ’183特許を無効とする最終決定を下した。ホロジックはこの決定を不服としてCAFCへ控訴した。
PTAB決定を受け、ミネルバは、 ‘183特許に関するホロジックの侵害請求は審理する「実益なし(moot)」と主張し、同特許の侵害訴訟を却下するよう地裁に申し立てた。地裁は、「特許は取り消されておらず、PTABの決定も控訴中であり、控訴審判決が出るまでPTAB決定は本件訴訟に対する排除効をもたない」として、ミネルバの申立てを退けた。

一方ホロジックは、ミネルバが地裁において ‘183特許および ‘348特許の有効性を争うことは「アサイナーエストッペル法理」により禁じられるとする略式判決(summary judgment)を下すよう申し立てた。
地裁はホロジックの申立てを認容し、以下のように述べた。
「本件における衡平の観点およびミネルバとトルカイの関係に鑑みると、トルカイはミネルバの関係人と認定でき、ホロジックの特許侵害請求に対するミネルバの無効抗弁にはアサイナーエストッペルが適用されうる」
さらに地裁は、’183特許および ‘348特許の有効性とミネルバによる侵害を認定する略式判決申立てを認めた。その後の陪審審理では故意侵害も認定され、2018年8月13日に地裁は陪審評決に基づく判決を下した。

2018年11月19日、’348特許は権利期間が満了し、その5ヵ月後には、IPR手続きにおいて自明性を理由に’183特許を無効としたPTAB決定がCAFCに確認された。
2019年6月3日、’183特許に関するCAFC判決の影響について検討したうえで(陪審の損害賠償は ‘348特許の装置クレームに基づいているため影響を受けないと結論)、地裁は478万ドルの損害賠償と判決前・判決後の利息を加えた支払いをミネルバに命ずる終局判決を下した。
ホロジックとミネルバはともに地裁判決を不服として、CAFCへ控訴した。

地裁判決一部確認、一部取り消し・差し戻し
判 旨 (*控訴の争点は複数ありますが、ここではアサイナーエストッペルについてのみ、とり上げます。また、判旨中の小見出しは筆者が便宜上挿入したもので判決原文にはありません)
本件控訴は、当裁判所に対し、アサイナーエストッペル法理について検討することを要求している。ミネルバは控訴において、アサイナーエストッペル法理を全面的に廃止するよう求めている。
アサイナーエストッペル法理とは、他者に特許権を譲渡した者(アサイナー)が、後にその特許の有効性について地裁で争うことを禁ずる衡平法上の法理である。根底にあるのは、売り手(譲渡人)が何かを他者に売っておきながら、後になって、売ったものは価値のないものと主張して買い手(譲受人)に不利益をもたらすことは許されるべきでない、という考えだ。本件では2件の特許が対象となっており、それぞれの特許が異なるアサイナーエストッペル争点を提起している。

I. IPR手続きにおけるPTABの特許無効決定を確認した当裁判所判決に譲渡人が依拠することをアサイナーエストッペル法理は妨げない、とした地裁判断に誤りはなかったか。
II.譲渡した特許の無効性を譲渡人が地裁で主張する行為は、アサイナーエストッペル法理により禁じられるとした地裁の略式判決は適切か。

[アサイナーエストッペル法理に関する最高裁とCAFCの判例]
当裁判所は、Diamond Scientific Co. v. Ambico, Inc.事件(Fed.Cir. 1988)において初めてアサイナーエストッペル法理について検討し、それが有効であることを確認した。また、同事件において、「アサイナーエストッペルは、譲渡人によって設立された会社など、譲渡人の関係人(parties in privity with the assignor)に対しても適用される」ことを示した。
Westinghouse Elec. & Mfg. Co. v. Formica Insulation Co.事件(1924)およびScott Paper Co. v. Marcalus Mfg. Co.事件(1945)において、最高裁は、アサイナーエストッペル法理の適用に対する例外を示したが、同法理を廃止することはなかった。
また、「ライセンシーエストッペル法理」を廃止したLear, Inc. v. Adkins最高裁判決(395 U.S. 653,666) (1969)に基づき、アサイナーエストッペル法理も同様に廃止されるべきとの見方をする裁判所も存在したが、当裁判所は、Lear判決中にアサイナーエストッペル法理を廃止させるような根拠は見出せず、そもそも譲渡人とライセンシーの間には大きな違いがあると結論した…。

Diamond Scientific事件以降、当裁判所は様々な状況においてアサイナーエストッペル法理を適用してきたが、WestinghouseおよびScott Paper事件で示された最高裁のガイダンスに基づき、この法理に対する特定の制限を認めてきた。たとえば、エストッペルが適用される当事者(譲渡人)は、譲渡した特許の有効性について争うことはできないが、「特許権者が先の訴訟で無効認定された特許の権利主張をすることは排除される」と主張するなど、他の方法で抗弁することまで禁じられることはない。また、譲渡人は、「より狭いクレーム解釈を主張したり、被疑侵害製品が先行技術に含まれるため侵害しないと主張する」ことは可能である。

[アサイナーエストッペルとIPR]
ミネルバが IPRによる‘183特許無効の決定を確認したCAFC判決に依拠することは、アサイナーエストッペル法理により妨げられるものでない。
確かにこのような結論は、ホロジックに対し不公正であるように見える。すなわち、ミネルバは ‘183特許の有効性を地裁で争うことがアサイナーエストッペル法理により禁じられるとしても、IPR手続きによって争うことができ、同法理の適用をすり抜けることが可能になってしまう。しかしながら、ミネルバは、(IPR制度を設置した)アメリカ発明法(AIA)および当裁判所の判例により、これを行う権利を有しているのだ。
Arista Networks, Inc. v. Cisco Sys., Inc.事件(Fed.Cir. 2018)において、当裁判所は、アサイナーエストッペル法理は譲渡人によるIPR申請を禁ずるものではない、と述べた。米国特許法第311条(a)項の「特許権の保有者以外の者は」IPRを申請できる、という文言の意味するところは明らかであり、もはや特許権の保有者でない譲渡人は(譲渡した)特許に対するIPRを申請できる、と結論した。

ホロジックが置かれた苦境は理解できるが、当裁判所は、地裁がホロジックの損害賠償請求を退けたことが裁量権の濫用に当たると結論することはできない。…ミネルバのIPR申請に基づく ‘183特許無効決定を支持した当裁判所判断は、どのような経緯で有効性の問題が当裁判所に上がってきたのかに関わらず(地裁経由であれ、PTAB経由であれ)、‘183特許の有効性に関する決定的なものとなる。また、地裁手続き上はアサイナーエストッペル法理の適用によりミネルバが特許有効性を争うことが禁じられたとしても、‘183特許の有効性に関する決定的なものとなるのである。

以下、[後編]に続く。

CAFC判決原文はこちらから

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