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2004.11.25

【Cases & Trends】主要国の標準化戦略

はじめに
ネットワーク社会では、市場競争に勝ち残るために他商品との接続性や互換性がきわめて重要となる。このような接続性や互換性は「標準規格」と呼ばれる技術上の取り決めによって実現されている。

標準規格は、利用者が増えれば増えるほどその便益性がます。また標準規格が確立すると競合技術による代替がおこりにくいという特徴をもつ。このため、企業はマーケット戦略として標準規格の確立にしのぎをけずることになる。

しかし、技術が発展し、しかも複雑になるにしたがい、かつてのように一社で特定分野の標準規格をおさえることは難しくなった。そのため、有力企業が連携して標準規格の確立をめざすのが最近の傾向となっている。技術分野によっては、業界が一丸となって標準化を進める場合も少なくない。

このような標準化活動の主体は企業や業界である。政府はその環境作りを行うにすぎない。しかし、自国発の標準規格が採用されるかどうかにより国内の産業競争力が大きな影響を受ける。そのため、黒子であるはずの政府がかなり露骨に干渉する場合も少なくない。本稿は、国際標準化に関して、米、中、欧がどのような立場を取っているかを検討するものである。

後退する独禁法の規制(米国)

標準化活動の行き過ぎは競争阻害につながり、反トラスト法(独禁法)違反の問題が生じる。そのような事件で、裁判所や競争当局がどのような判断を下したかに注目すると、時の政権の標準化問題に対する姿勢が読み取れる。

好例が「マイクロソフト事件」である。連邦地裁の判決により会社分割の危機に直面していたマイクロソフト社は、2002年に司法省と和解し、その危機を脱した。ブッシュ大統領は、国内企業を反トラスト法で過度に規制することには反対の立場を明らかにしていたこともあって、当然の帰結だと受け止める専門家も少なくない。

昨年には競争当局(FTC:連邦取引委員会)が2件の独禁法違反事件で「違反なし」の仮決定を下した。一つが「ランバス事件」で、もう一つが「UNOCAL事件」である。ランバス事件では、半導体大手の同社が関連特許の存在を標準設定団体に告知しなかったことから問題が浮上した。まず裁判所で開示義務違反(州法違反)が争われ、ついでFTCで独禁法違反が争われた。いずれの事件も実質的にランバスが勝訴した。

UNOCAL事件はガソリン配合規格をめぐって争われた事件である。石油大手のUNOCALがカルフォルニア州政府に関連特許出願を開示せずに規格制定を働きかけ、結果として市場での優位な地位を築いたとして独禁法違反が問われた。しかしFTCは、ロビー活動の結果として独占が生じてもそれは独禁法の違反にはあたらないという原則を適用して「違反なし」の仮決定をくだした。しかし、FTC委員会は今年の7月、法律判断の誤りがあったしてこの仮決定を破棄した。委員会みずからが違法性を判断することになる。

もちろん、裁判所やFTCの判断は政権の政策や意向を直接的に反映するものではない。しかし、これらの判審決から、企業活力の維持を優先させるブッシュ政権の意向が透けて見えるのも事実である。

巨大な国内市場に依存(中国)

強大な経済力をもつに至った中国にとって、現在、最も頭の痛い問題の一つがハイテク分野での先進国の特許や標準への依存体質である。そのため、「研究開発予算の重点化」、「人材育成」、「知的財産権の重視」、「中国の独自技術の国際標準化」を科学技術振興のための4本柱として掲げている。とくに国際標準化に関しては、巨大な国内需要をバックに政府調達による実績を作り、一気に国際標準化をめざす戦略をとる。

しかしその前途は険しい。「無線LAN用の暗号技術」に関する標準は2003年の実施を予定していたが、米国の官民の反対にあって無期限の延期を強いられた。「WTO/TBT協定」の義務(加盟国は貿易の障害となるような技術的障壁を設けてはならない)違反が反対の理由だと伝えられている。しかし、国際標準化のイニシアティブを米中のどちらが取るか、そのせめぎあいであることははっきりしている。中国はDVDに代わるEVD(中国独自の次世代光ディスク方式)の規格作りでも不調だ。

市場統一のツール(EU)

業界・企業レベルでの標準化をめぐる米欧間の先陣争いはかなり激しいものとなっているが、欧州委員会自体の標準化の扱いは米国や中国とは異なっている。少なくても表面的には個々の標準化の動きに口を出すことはない。

EUの理念は「人・モノ・金」の自由な移動の実現であり、標準化は「モノ」の移動を促す手段として位置付けられている。EUでの標準化は、実質的には98年の「委員会指令」にもとづく。加盟国が制定する国内標準は、単一市場の強化、競争力の向上、技術革新の促進、国際通商の促進につながる場合のみが認められる。各国別の規格をEU全体の統一標準に置き換えるという目的の達成をめざす。

日本の工業標準規格の取扱いは経済産業省の管轄下にあり、これまで純粋に技術的な見地からの政策遂行がなされてきた。しかし、近年、知財立国の主要な柱として「国際標準化」をめざすことを表明した。欧米はもとりより、中国と比較しても国としての取り組みが遅れた感は否めない。それだけに、官民あげての戦略的な政策実施が望まれることになる。

※日本経団連『経済Trend』2004年11月号掲載

(藤野仁三:現・東京理科大学大学院MIP教授)

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