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2014.06.27

有機系熱電変換材料の開発とその特許出願動向

世界で消費されるエネルギーのうち、約3分の2が未利用のまま排熱として地球環境に排出されており、その排熱の80%以上が摂氏200度以下の中低温排熱エネルギーであるといわれる。このような未利用のまま環境中に放出される熱エネルギーを直接電力に変換する技術として注目を集めるのが熱電変換技術である。
例えば、住宅等の身近な排熱や生体の体温を電気に変え、消費電力の小さな電子機器の電源として活用することが考えられている。熱電変換材料としては無機材料が広く知られているが、レアメタルや毒性のある金属を使っており、硬く、重く、一般社会で普及を図るには不向きと考えられる。これに対して、有機材料を利用した熱電変換材料であれば、軽量性、加工性、柔軟性といった性能を持たせることが可能で、さらに、レアメタルを使わないので低コスト、低環境負荷といったメリットもある。但し、有機材料の場合、無機材料系に比べると熱電変換効率に劣っており、熱電変換効率の向上が求められている。
ここでは、有機系熱電変換材料の開発とその特許出願動向について紹介する。
導電性高分子から、有機系熱電変換材料開発に展開

導電性高分子は、熱電導度κが電気伝導度σに依存せず、極めて小さいことが注目され、1999年頃から山口東京理科大学の戸嶋教授らによって、熱電変換性能向上を目指した研究が進められた。1)

2007年には、ポリフェニレンビニレンの延伸で無次元熱電変換性能指数ZT=0.1を実現し、有機材料でも室温付近でZT=0.1が立証された。2)
これにより、導電性高分子を延伸することにより、ゼーベック係数αを変えることなく、電気伝導度σが高められることが示された。

2011年以降、高い電気伝導度σをもつ、PEDOT(Poly(3,4-ethylenedioxythiophene))で、無次元熱電変換性能指数ZTの大幅な向上が報告された。
2011年に、スェーデンのBubnovaらは、PEDOTの酸化レベルを制御し、電気伝導度σを少し低下させ、ゼーベック係数αを大きくする方法で、PEDOT:トルエンスルホン酸塩で無次元性能指数ZT=0.25を実現した。3)

2012年に、産業総合技術研究所(産総研)では、希少元素や毒性元素を含まず、比較的安全な市販材料である導電性高分子PEDOT:PSS(Poly(3,4-ethylenedioxythiophene):Poly(styrenesulfonate))に着眼し、ZT=0.27を得た。ここでは、エチレングリコールを添加したPEDOT:PSS溶液を滴下し、基板上でナノ結晶粒子を整列させて、導電性を向上させている。4)

2013年に、米ミシガン大学のKimらは、市販のPEDOT:PSSを溶媒DMSO(ジメチルスルホキシド)と共に製膜後、エチレングリコール洗浄で、ドーパントのPSSの一部を除去し、ZT=0.42まで高めた。5)

PEDOT:PSSでは、無次元熱電変換性能指数ZTを0.42まで高めたものの、材料自体の安定性が悪く、強酸性であるため、腐食を起こす懸念がある。そこで、富士フイルムではπ共役系高分子P3HT(Poly(3-hexylthiophene-2,5-diyl))と、光酸発生剤PAG(Photo Acid Generator)の混合物をスピンコート法で製膜し、紫外線照射を行い、膜中で酸発生反応を誘起して、π共役系高分子へのドーピングを行い、キャリア濃度を約3桁増加させた。6)

1) H. Yan, N. Sada, N. Toshima, J. Therm. Anal. Cal., 69, 811 (2002)
2) Y. Hiroshige, M. Ookawa, N. Toshima, J. Therm. Anal. Cal., 157, 467 (2007)
3)『ZT=0.25の実現(2011年)』
O. Bubnova, Z. U. Khan, A. Malti, S. Braun, M. Fahlmen, M. Berggien, X. Crispin, Nat. Mater., 10, 439 (2011)
4)『ZT=0.27の実現(2012年)』http://www.aist.go.jp/aist_j/press_release/pr2012/pr20120831/pr20120831.html
5)『ZT=0.42の実現(2013年)』G. H. Kim, L. Shao, K. Zhang, K.P. Piper, Nat. Mater, 12, 719 (2013) http://www.nature.com/nmat/journal/v12/n8/full/nmat3635.html)
6)『光酸発生剤PAGを用いる光ドーピング法(2013年)』https://nanonet.go.jp/ntjb_pdf/nanoInnov-03.pdf

有機系熱電変換材料の出願推移

有機系熱電変換関連の特許出願状況を大まかに把握するために、特許データベースPatBaseで下記検索条件にて検索を実施し、統計分析を行った。なお、PatBaseはファミリー単位で情報を収録したデータベースであり、件数はファミリーの数(発明数)となっている。また、分析結果には多少のノイズ(有機系熱電変換材料以外)も含まれている点はご留意頂きたい。

[検索ターム] 2014年6月10日検索
SC=(H01L35/*) and TAC=(organic*) and TAC=(thermoelectric*)

[利用分類]
H01L35/00:異種材料の接合からなる熱電装置,すなわち他の熱電効果あるいは熱磁気効果を伴いまたは伴わないゼーベックまたはペルチェ効果を示すもの;それらの装置またはその部品の製造または処理に特に適用される方法または装置;それらの装置の細部
註)下位分類「H01L35/24:有機組成物を用いるもの」が該当性の高い分類と考えられるが、キーワードを利用せずに検索を行うと、ノイズも多く含んでしまうため今回の検索には使用しなかった。

有機系熱電変換技術に関する特許出願推移(図1)をみると、日本および米国でその研究開発が先行して進められてきたことが分かる。特に日本では80年代にも出願が継続的に行われている。この時代の出願では、セイコーインスツルの電子腕時計用熱電素子に関する内容が多くみられる。また、1999年に、東京理科大学の戸嶋教授らによる最初の出願がなされ、その後も継続的な出願が行われている。
また、日本、米国に遅れて欧州や韓国、中国での出願件数が始まっている。直近では特に中国・韓国での出願件数が増加傾向にあることがうかがえる。出願人としては、韓国ではサムスン電子や韓国機械研究院(KIMM:Korea Institute of Machinery & Materials)による出願が見られる。中国では大学・研究機関(中国科学院化学研究所等)がその多くを占めており、一般企業による出願はほとんどない状況である。
図2には、有機系熱電変換技術に関する上位出願人の出願件数推移を示した。近年はトヨタグループ、サムスン電子、韓国機械研究院、中国科学院化学研究所による出願が増加傾向にある。なお、富士フイルムや韓国機械研究院の出願では、CNT(カーボンナノチューブ)の活用にも言及がなされている。

EUの有機系熱電変換材料開発への取り組みの紹介

EUで実施されている研究開発プロジェクト”NanoCaTe(Nano-carbons for versatile power supply modules)”では、Energy Harvest(環境発電)と称される「室温~摂氏100度程度の熱源からの発電」および「体温を利用する発電」の開発が、ナノカーボン(例:グラフェン、CNT)を対象に進められている。さらには、それらを組み合わせた自立電源システムの開発もテーマに含まれている。
プロジェクト期間は2013年10月1日から2017年9月30日である。全体予算は540万ユーロ(約7.8億円)で、EU補助金が4分の3の400万ユーロ弱(約5.7億円)である。ドイツ、フィンランド、オーストリア、スペイン、デンマークの13大学や企業、研究機関がコンソーシアムを組んで開発を進めており、ドイツのフラウンホーファー研究所がプロジェクトのコーディネーターである。7)
“NanoCaTe”プロジェクトの進展により、小型で柔軟な、人体の内部または外部の小型のセンサーに必要な電気エネルギーを体温から生成することが可能になることが見込まれる。

7) 『NanoCaTeプロジェクトの概要(2013年)』
http://dailyfusion.net/2014/03/eu-funded-project-aims-to-develop-advanced-thermoelectric-generators-27146/
http://www.iws.fraunhofer.de/de/eu-kooperationen.html
http://www.iws.fraunhofer.de/de/presseundmedien/presseinformationen/2013/presseinformation_2013-22.html
http://nanocate.eu/

無線センサー電源への利用を目指す米国

2014年4月1日-2日には、”Energy Harvest & Storage” をテーマに、”IDTechEX 2014″ がベルリンで開催された。基調講演では、無線センサーネットワーク用電源として、熱発電を検討しているGeneral Electric Sensing & Inspection Technologies(GEのエネルギー事業部門)の講演があった。この講演で、Karagozler博士は、Logimesh社がMarlow社の、ABB社が Micropelt社の熱発電技術をそれぞれ利用していることを紹介した。そして、電池交換の心配をする必要のあるボタン電池の代替品となる可能性を語った。8)
GEの講演紹介からは、熱発電そのものの実用性が実証されつつあり、今後は薄膜化と小型化を目指した技術開発へ取り組みへの加速化が予測される。

8)『IDechEX2014 “Energy Harvest & storage”の紹介(2014年)』
http://www.microsofttranslator.com/BV.aspx?ref=IE8Activity&a=http%3A%2F%2Fwww.idtechex.com%2Fresearch%2Farticles%2Fhighlights-from-idtechexs-berlin-2014-show-00006437.asp%3Fdonotredirect%3Dtrue

ガス・電気・水道などの社会インフラには、今後急速にSmart SensorやSmart Meterが導入され、効率的にデータを収集するSmart Utility Network(SUN)が構築されると予測される。さまざまなデバイスや機器が、通信によってインターネットサービスと連携するM2M(Machine to Machine)やモノのインターネットIoT(Internet of Things)においてもSensorは必須となり、その電源確保手段としてEnergy Harvestが注目されており、熱電変換技術はその有力な候補である。
そして、ヘルスケアの増進に必要なBAN(Body Area Network)の実現には、小型で柔軟な、人体の内部または外部の小型のセンサーに必要な電気エネルギーを体温から生成できるのが理想形態の1つであり、有機系熱電変換技術への期待が高まる。

(IP総研 先端技術分析班)

図1 有機系熱電変換技術の特許出願件数推移
図2 上位出願人の特許出願件数推移

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