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2015.01.16

【Cases & Trends】 インド初の強制実施許諾事例 – 最高裁は独自判断示さず

特許権の強制実施許諾を認めたインド初の事例として注目されていたバイエル社のガン治療薬特許事例に対するインド最高裁の決定が2014年12月12日に下されました(Bayer Corporation v. Union of India & ORS, 12/12/2014, Sup.Ct. of India)。 注目と期待に反し、最高裁は自らの見解を述べることなく、特許庁およびIPABの決定を支持したボンベイ高等法院の判決をそのまま維持することとしました。最高裁決定の原文は以下の5行です。

”UPON hearing the counsel the Court made the following
ORDER

In the facts of the present case, we are not
inclined to interfere. The Special Leave Petition is
dismissed, keeping all questions of law open.”

とりわけ、最後の”keeping all questions of law open”とはどういうことでしょうか? インドの専門家からも、「法解釈に対する最終・最高権威からこのように突き放されては…」と落胆の声も出ています。

ともあれ、最高裁の決定によって維持されることになったボンベイ高等法院判決(ちなみに地名表記としては現在「ボンベイ」から「ムンバイ」となっていますが、裁判所名には「Bombay」が使われているのでここでも「ボンベイ」を使います)。この判決は2014年7月15日に下され、特許庁の強制実施裁定を支持したIPAB(知的財産審判委員会)の決定を支持しました。* (Bayer Corporation v. Union of India/The Controller of Patents/Natco Pharma Limited, 7/15/2014, High Court of Judicature At Bombay)
*正確にいうと、特許庁とIPABは後述の通り一部重要争点について見解が異なっており、ボンベイ高等法院はIPABの判断を支持しています。

本事例は、インドがときに見せる保護主義(知財南北問題)の象徴的事例として、医薬業界を超えて広く知られており、ボンベイ高等法院判決についても複数の日本語サイトやメディアですでに紹介されています。そこで本コーナーでは、簡単に本事例全体のおさらいをしたうえで、本件の最重要争点とされた「インド領域内における実施」部分に焦点を当て、少し詳しく紹介することとします。
 
[強制実施許諾が認められるための要件]
インド特許法第84条(1)では以下の通り、強制実施許諾が認められるための要件を定めています。

特許認可日から3年経過後は、何人も以下のいずれかを根拠として、強制実施権の許諾を特許庁長官に求めることができる。
(a) 特許発明に関する公衆の適切な需要が充足されていない
(b) 特許発明が公衆に入手可能な適切な価格で提供されていない
(c) 特許発明がインド領域内で実施されていない

さらに強制実施許諾を求める者は、特許権者に対して適切な条件に基づき自発的実施許諾を受けるための努力をしたものの、適切な(と特許庁長官が認める)期間内に許諾を得られなかったことを示す必要があると定められています(第84条(6)(iv))。

[特許庁およびIPABの決定]
2012年3月9日、特許庁は、申請人Natcoがバイエルから自発的実施許諾を認めてもらうための努力をしたが得らなかったこと、および84条(1)(a)~(c)のすべての要件が満たされていることを認定し、強制実施許諾の申請を認めました。その際にNatcoがバイエルに支払うべき実施料は、Natcoによる当該医薬の純販売額の6%と裁定しています(バイエルの販売価格が1ヵ月投与分280,428ルピーに対し、Natcoは10,000ルピーなので、バイエルにとっての実質的なレートははるかに低いものとなります)。

特許庁決定を不服として、バイエルはIPABに審判を請求。同時に審判手続き中の特許庁決定の執行停止を請求しましたが、IPABは執行停止請求を却下し、代わりに審理期日を早めました。

2013年3月4日、IPABは、特許庁の決定を支持する決定を下しました。ただし、特許庁が裁定した実施料率6%を7%へと引き上げています。さらに特許法84条(1)(c)の要件である「インド領域内での実施」について、特許対象医薬が「インド領域内で製造された場合にのみ」満たされると特許庁が解釈したのに対し、IPABは、「インド領域内での製造は特許法84条(1)(c)を満たすための必須要件というわけではなく、ケースバイケースで判断されるべきもの。インドへの輸入だけで製造行為がない場合は実施要件を満たさない、という固定ルールは存在しない」という判断を示しています。

[ボンベイ高等法院の判決 – とりわけ第84条(1)(c)『インド領域内における実施』要件について]
ボンベイ高等法院は、IPABの審決を支持し、バイエルに対する強制実施許諾を確認しました。最初に書いた通り、以下「実施要件」に関する判決部分を紹介します。

「『本件特許医薬はインド領域内において実施されたのか?』
……上告請求人(バイエル)は以下の理由を挙げて、強制実施許諾が認められるべきでなかったと主張する。
特許医薬は輸入を通じてインド領域内で実施されている。TRIPs協定第27条は、特許対象品が製造されたものであるか、輸入されたものであるかで差別されることはない旨を定めている。また、インド特許法および施行規則で定めるForm27(実施陳述書フォーム)もまた、輸入が「実施」に該当することを示している。すなわち、Form27はインドにおける特許対象品の実施状況について2種類の形態で宣誓する形をとっており、一つがインドにおける製造であり、もう一つが他国からインドへの輸入と明記されている。…

上告請求人はTRIPs第27条に依拠しているが、これはTRIPs第30条および31条という例外規定を無視している…。一方、「インド領域内での実施」の意味については特許法第83条を参照する必要がある。第83条は、特許とは特許権者が特許対象品の輸入に関する独占を可能にするために付与されるものではない、と規定している。…また、第83条(c)は、特許対象品の製造者と使用者の双方にとって益のある技術知識の移転がなければならない、と規定する。…以上に鑑み、当裁判所としては、第84条(1)(c)の要件についてはケースバイケースで判断する必要がある、としたIPABの判断に同意する。

すなわち、強制実施許諾の申請がなされた場合、特許対象発明/医薬が製造またはその他の手段により、インド領域内で実施されたことを特許権者が証明する責任がある。IPABが示したように、すべてのケースにおいてインドでの製造が必要されるわけではないであろう。ただし、特許権者は、特許法第83条の規定に照らし、特許対象発明がなぜインドで製造されなかったかを当局に説得しなければならないのである。…」

⇒ ボンベイ高等法院判決はこちらから

(営業推進部 飯野)

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