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2022.04.05

営業推進部 飯野

【Cases & Trends】SEP論争最前線 — 中国裁判所の「禁訴令」、これに対抗する米国新法案「アメリカ裁判所防衛法」について

前回に続き、標準必須特許(Standard Essential Patent: SEP)に関する話題を紹介します。SEPライセンスをめぐる訴訟において、最近中国の裁判所が頻繁に出しているという「禁訴令」、さらにこの禁訴令に対抗する米国の新法案についてです。

禁訴令とは聞きなれないことばですが、少し前の日経記事で目にした方もいると思います(『海外知財訴訟、中国が阻止 法廷地を自国に限定、日欧勢は懸念 EUはWTO紛争協議へ』 日本経済新聞 2022.3.21) この記事によれば、「中国の裁判所が知的財産を巡る訴訟で「禁訴令」と呼ばれる命令を連発している。海外での関連訴訟を禁じるもので、対象は主に日欧の企業だ。和解交渉に不利な影響が出る懸念も強まる。…」ということです。

ただし、この禁訴令、そもそもの本家は欧米で、anti-suit injunction(ASI)(「外国訴訟差止め命令」)というコモンロー上の救済手続きとして数世紀前から存在していたものです。国際商取引などの紛争における仲裁規定を守らず、訴訟に頼ろうとする当事者を阻止するために発動されていたケースが多かったようです。このASIが知財の世界で初めて使われるようになったのは、2012年のマイクロソフト対モトローラのSEPライセンス訴訟ということです。マイクロソフトがFRAND誓約違反を理由にモトローラを米連邦地裁に提訴すると、モトローラはマイクロソフトに対する侵害差止めを求めドイツで訴訟を提起しました。マイクロソフトは、モトローラによるドイツの侵害差止め請求を阻止すべく、米連邦裁によるASIを求め、米地裁はこれを認めました。Microsoft v. Motorola 871 F.Supp.2d 1089, 1098-100 (W.D. Wash. 2012)(aff’d CA9) *1)

2010年代以降SEP訴訟で使われるようになったASIですが、中国が禁訴令/ASIを頻発するようになったのは、「英国裁判所がワールドワイドSEPライセンスのFRAND条件について判断することができる」とした2020年の英最高裁判(Unwired Planet v. Huawei, UKSupCt., 8/26/2020) 以降といわれています。判決自体は、中国特許について中国の裁判所が扱うことを求めたファーウェイの主張を退けるものでしたが、このとき示された判断はグローバルなSEP訴訟における中国裁判所の管轄権を主張する根拠になったといわれています。(たとえば、「2020年8月に下されたUnwired Planet v. Huawei他併合訴訟の英最高裁判決は、SEPホルダーの勝利として歓迎する者が多い。この事件に限っていえばその通りかもしれないが、いずれ『引き合わない勝利(pyrrhic victory)』ということになるかもしれない。実際のところ、英最高裁判決は中国当事者に対するグローバルFRANDレートの設定を中国の裁判所に引き渡した、ということができよう。」*2)
その後中国の裁判所は、米国、欧州、インドで並行する訴訟に対し禁訴令を発しています。ここでは一例として、サムスン対エリクソン事件における米中ASI、AASI(anti・anti-suit injunction)応酬の構図を示しておきます。(図1参照)

このような中国裁判所の禁訴令頻発に対し、欧州連合(EU)は手続きの不透明性などを主張して2022年2月にWTOに提訴しました。*3) 一方で米国は、国内立法(米国特許法の改正)による対抗策を講じてきました。以下、法案の骨子をご紹介します。

「アメリカ裁判所防衛法(Defending American Courts Act)」
連邦第117議会(第2会期) 2022年3月8日提出 *4)
法案提出者 Thomas Tillis上院議員(他3人の共同提出者)

法案骨子
米国特許法 第28章(§271~273)の末尾に第274条を加える。
第274条 外国の介入(Foreign interference)
“anti-suit injunction: ASI“(米国特許侵害訴訟を提起または維持する権利を制限するために、外国の裁判所が発する差止め命令)に対する以下の措置を定める。

[民事訴訟における推定]
米国裁判所での特許侵害訴訟を制限すべくASIを主張する当事者に対し、第271条に基づく特許侵害が認定された場合、裁判所は以下を推定する。
1) 第284条に基づく賠償額の増額判断目的上、当該侵害は故意であること。
2) 第285条に基づく弁護士費用負担の判断目的上、当該訴訟は「例外的」であること。

[PTAB手続き]
IPRまたはPGRの申請人等が、米国裁判所での侵害訴訟を制限すべくASIを主張する場合、特許庁長官はIPRまたはPGR手続きの開始(institute)を否定するものとする。

*いずれの措置も、当事者が外国のASIに同意する場合や、ASIに服することに合意している場合は適用されない。
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法案提出者も明言している通り、本法案は明らかに中国ASIをターゲットとすることを意図しています。しかし、当然ながらこの法律は中国のみに適用される内容ではなく、いかなる国が発するASIも対象となりえます。この法律がどれだけ実効性をもつのか…、いまのところ専門家の評判はあまり芳しいものではないようです。

SEP論争最前線 -- 中国裁判所の「禁訴令」、これに対抗する米国新法案「アメリカ裁判所防衛法」についての図1


注)
1. Jorge L. Contreras “A Statutory Anti-Anti-Suit Injunction for U.S. Patent Cases?” Professor of Law, University of Utah (Guest Post, Patently-O 3/18/2022)
2. Douglas Clark “After Unwired Planet Why Its Now Over To Chinas Courts To Set Global FRAND Rates” Rouse (published 11/26/2020)
3. “EU initiates WTO dispute complaint regarding Chinese intellectual property enforcement” (WTO 2/22/2022) https://www.wto.org/english/news_e/news22_e/ds611rfc_22feb22_e.htm
4. S.3772 – Defending American Courts Act  https://www.congress.gov/bill/117th-congress/senate-bill/3772/text

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