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2021.06.17

営業推進部:飯野

【Cases & Trends】米国:特許購入者は要注意!「アサイナーエストッペル」法理のゆくえ― 廃止、存続、限定的存続か(後編)

連邦最高裁の判断が待たれている「アサイナーエストッペル」」法律論争の最新動向紹介、後編です。
Minerva Surgical, Inc. v. Hologic, Inc. No.20-440
(CAFC判決 4/22/2020 最高裁上告請求受理 1/8/2021 口頭弁論開催 4/21/2021)
前編では、上告の対象となったCAFC判決(Hologic, Inc. v. Minerva Surgical, Inc.)の前半部分を紹介しました。ざっくりとおさらいしておきます。
アサイナーエストッペル法理とは、「他者に特許権を譲渡した者/アサイナー(またはその関係人)が、後にその特許の有効性について争うことを禁ずる法理。根底にあるのは、売り手(譲渡人)が何かを他者に売っておきながら、後になって、売ったものは価値のないものと主張して買い手(譲受人)に不利益をもたらすことは許されるべきでない」という考えです。本件においても、元従業員発明者から譲渡された特許を保有する会社(Hologic)が、元従業員が設立した会社(Minerva)を同特許の侵害で訴えたところ、元従業員側が侵害訴訟における抗弁および特許庁へのIPR申請により、自ら譲渡した特許の無効を主張してきた。そこで特許を譲渡された会社側はアサイナーエストッペル法理に基づき、無効主張を取り下げるよう裁判所に申し立てました。
CAFCは、アサイナーエストッペル法理に関する最高裁と自身の判例を振り返り、同法理が制限的に適用される側面があるものの、アサイナーエストッペル法理自体は1世紀以上にわたり維持されてきたことを確認しました。一方で、AIA(アメリカ発明法)により設置されたIPR(Inter Partes Review)については、アサイナーがIPRを申請できることは法の文言(35 U.S.C. §311(a))により明確であるとして、IPRにおけるアサイナーエストッペル法理の適用を否定しました。
以下、CAFC判決の後半部(侵害訴訟での無効抗弁に対するアサイナーエストッペル適用の是非)と同判決への上告に関連して各団体・機関が最高裁に提出した意見書(amicus curiae briefs)をご紹介します。
判旨(続き)(*控訴の争点は複数ありますが、ここではアサイナーエストッペルについてのみ、とり上げます。また、判旨中の小見出しは筆者が便宜上挿入したもので判決原文にはありません)
[アサイナーエストッペルと侵害訴訟]
アサイナーエストッペルは、すべての場合に自動適用されるような広い法理ではないが、少なくとも本件においてアサイナーエストッペル法理を適用した地裁の判断に裁量権の濫用は認められない。
当裁判所の先例と同様、本件においても発明者(トルカイ)が使用者と広い譲渡契約を締結し、その後使用者のもとを去り、競合する会社を設立または支配的役割を得て、被疑侵害行為に直接関与している。すなわち、トルカイは自身の特許権をNova-Cept社に譲渡し、後に同社をホロジック(の前身であるCytyc社)に3億2500万ドルで売却している。したがって、Nova-Cept社は当該特許の対価として「相当の価値を受領した」といえる…。
これらの事実についてはミネルバも争っていない。むしろミネルバが主張しているのは、「ホロジックが、自ら行った特許範囲の不当な拡大に対するミネルバの無効攻撃を回避するために、アサイナーエストッペル法理を利用している」という点だ。ミネルバによれば、本件’348特許となる継続出願が提出されたのは、トルカイがNova-Cept社を退社し、ミネルバを設立した後のことである。その後の出願手続きを通じてホロジックがクレームの範囲を拡大したのであり、そのように(自らの手を離れて)拡大された範囲に対しミネルバが争うことを禁じられるのは不公正である、とミネルバは主張する。
この主張は受け入れられない。
譲渡時点で発明者の特許出願が係属中であり、譲受人がその後の審査過程で補正したか否かは(アサイナーエストッペル法理の適用において)関係ない。確かに最高裁は、係属中の出願を譲渡した場合の権利範囲は、認可後の特許を譲渡した場合よりも不確定な状態であり、エストッペルの範囲を判断することが難しいと認めている。一方で最高裁は、この問題について判断する必要はないとし、「このような違いがあるがゆえに、係属出願の譲渡においては、認可後の特許が譲渡された場合と比べ、エストッペルの限度を定める証拠の範囲がより柔軟に認められるべきという考えが正当化されうる」とのみ述べている。(Diamond Scientific判決(CAFC)におけるWestinghouse判決(最高裁)引用, 266 U.S. at 353)
ミネルバの主張が、「ホロジックは、発明者トルカイからの譲渡後に出願中(後の’348特許)のクレームを、先行技術に照らし有効に請求しうる範囲を超えて拡大した」というものである以上、ミネルバが当該クレームの範囲を狭くする先行技術証拠を提出することにより、自社製品を当該クレーム範囲外とすることは、当裁判所の先例も最高裁の先例も認めるところである。このようなアサイナーエストッペルの例外は、ミネルバに有効性抗弁を禁ずること(アサイナーエストッペル法理を適用すること)が、必ずしもホロジックの侵害請求に対するミネルバの抗弁を阻止するものではないことも示している。以上の理由により、本件にアサイナーエストッペル法理を適用した地裁に裁量権の濫用はなかったと結論する。
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ミネルバの主張を受け入れられない、としたCAFCの理由説明が難解です。この後紹介する合衆国政府の意見書で確認できますが、要するにCAFCは、譲渡時と譲渡後の権利範囲が実質的に変わった場合もアサイナーエストッペル自体は適用される(無効抗弁を禁じる)が、非侵害抗弁は可能という処理(最高裁判例の解釈)をしたようです。いずれにせよ、アサイナーエストッペル法理を適用したCAFCの判断を不服として連邦最高裁に提出されたミネルバの上告請求は、2021年1月8日に受理されました。この前後に複数の関連団体・機関から最高裁に意見書が提出されていますが、ここでは合衆国政府から提出された意見書の一部を紹介します。
BRIEF FOR THE UNITED STATES AS AMICUS CURIAE SUPPORTING NEITHER PARTY
意見書の表紙には、「法廷の友(amicus curiae)」(意見提出者)として、特許庁、商務省、司法省の名が挙げられています。[本事件に対する合衆国政府の利害関係]
本件は、アサイナーエストッペル法理が特許侵害訴訟において適用されるべきか否か、また適用される場合、どのように適用されるべきか、という問題を提起する。特許庁は、「特許を認可し、発行する」ことに対し責任を負う(35 U.S.C. 2(a)(1))とともに、大統領に対し特許政策問題について進言し、連邦省庁に対し知的財産政策について助言する責務を負っている(35 U.S.C. 2(b)(8))。合衆国政府はまた、様々な特許権の譲受人(アサイニー)でもあり、それゆえアサイナーエストッペルを主張する立場にもなりうる。ゆえに合衆国政府は、本件で提示された問題に対し大きな利害関係を有している。

[アサイナーエストッペル法理に関する意見]
最高裁はアサイナーエストッペル法理についてこれまで二度検討している。1924年、Westinghouse事件において、限定された形でのアサイナーエストッペル法理を黙示的に認めた。その20年後、再び最高裁はアサイナーエストッペル法理の範囲を狭くしたが、廃止はしないことを明言している(Scott Paper Co. v. Marcalus Mfg. Co., 326 U.S. 249, 247-258(1945))。 今回も、同じようなアプローチが適切だと考える。すなわち、
「アサイナーエストッペル法理には一定の価値がある。ただし、それが適切に衡平の核内に収められた場合にのみ。」(”Assignor estoppel retains some value, but only if properly cabined to its equitable core.”)

この衡平法上の法理は1世紀以上にわたり各裁判所によって認められてきており、ここで最高裁が廃止するべきではない。ただし、最高裁は、アサイナー(譲渡人)による以前の表明と現在の特許有効性攻撃との間に論理的矛盾が存在しないような場合にまで、広く、自動的にアサイナーエストッペル法理が適用されるようなことが起きないよう、その境界線を明確にしておく必要がある。
最高裁の判例および「無効な特許は市場から排除する」という強い政策目的に照らせば、本法理の適用は衡平の核の部分に制限されることが望ましい。すなわち、裁判所は、アサイナーが対等な取引関係において、価値ある対価で特許を譲渡しながら、譲渡時と実質的に同一のクレームの有効性について争う場合、あるいはその他譲渡前の表明と矛盾する言動(有効性攻撃)をする場合にのみアサイナーエストッペル法理を適用すべきである。
したがって、本件のように、無効を主張しているクレームが譲渡時の権利範囲よりも広いような場合にまで、アサイナーエストッペル法理が適用されるべきではない。両当事者は、トルカイによる譲渡後、ホロジックが ‘348特許のクレームを拡大したか否かについて争っていたが、CAFCはこのような争いはアサイナーエストッペル法理適用の判断には「関係ない」とした。このアプローチは間違っている。特許範囲の重要な変更は、特許無効を主張するトルカイ側の論理的矛盾(非一貫性)を解消させ、エストッペルの適用根拠を排除するものである。
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他にAIPLAなども意見書を提出していますが、やはり「限定的な適用」を支持する意見が多いようです。
一方、「完全に」とまではいいませんが、「廃止すべき」との根拠をMark A. Lemleyスタンフォード・ロースクール教授他大学教授グループによる意見書が提示しています。一部紹介します。
「不当にアサイナーエストッペル法理の適用範囲を広げることは、悪い特許を無効にし、自由競争を確保し、従業員の効率的移動を促進するという重要な公共政策に害を及ぼすことになる。… 従業員の他社移動を制限することになる本法理は、イノベーションと経済成長を阻害し、とりわけ、スタートアップや最もイノベーティブな発明者たちに負担を強いることになりかねない。… 本件は、最高裁判例と特許政策から大きく乖離した一連のCAFC判例を是正する機会を最高裁に与えるものだ。」
この点についてはさらに、PhRMA(米国研究製薬工業協会)が全く逆の考えを示しています。PhRMAによれば、企業は、アサイナーエストッペル法理に基づき従業員発明者が譲渡した特許の有効性を争うことはないという前提の下、従業員発明者との関係性を構築している。この法理が廃止されるようなことが起こると、企業としてはより防御的な厳しい関係を構築せざるを得なくなり、逆にイノベーションや人の移動の障害となりかねない、と警告しています。

最高裁での口頭弁論は、2021年4月21日に開催されました。判決までにはもうしばらくかかると思います。
なお、今期中に最高裁による口頭弁論が行われた特許事件としては、他にArthrex事件があります。本コーナーでもCAFC判決を紹介しました(「PTAB行政特許判事の任命を違憲と判断したArthrex判決アップデート」6/24/2020 他)。Arthrex事件については、2021年3月1日に最高裁の口頭弁論が行われています。
どちらも今後の展開を追跡し、続報したいと思います。

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