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2007.04.13

【Cases & Trends】ライセンシング慣行に大きな影響を及ぼしかねない最高裁およびCAFC の最新判決

ここ数年、特許が社会経済に及ぼす影響が大きくなるに伴い、とりわけ強力になりすぎた(?)特許の負の影響や「制度疲労」が指摘されるに伴い、連邦最高裁が特許事件に対する上告請求を受理する(すなわち特許専門高裁である連邦巡回区控訴裁判所(CAFC)の特許事件判決を見直そうとする)傾向が強まりつつあります。現在、もっとも注目されている事件は昨年11月に最高裁で口頭弁論が行われたKSR International Corp. v. Teleflex 事件といえましょう。

KSR 事件では、CAFC が確立した自明性判断基準「教示・示唆・動機付けテスト(”teaching-suggestion-motivation” test) 」の適否が争われており、11月の口頭弁論では最高裁判事の1人が激しいCAFC 批判を展開し、広くメディアにとりあげられていました。この判断基準が葬り去られることになるのか、大きな修正が加えられることになるのか、いずれにせよ米特許制度に革命が起こるほどのインパクトがある事件として、最高裁の判決が待たれているところです。

その間、最高裁はライセンシング慣行に大きな影響を及ぼす可能性のあるひとつの判決を下しています。本年1月9日に下されたMedImmune Inc. v. Genentech, Inc. 事件判決です。これは、ジェネンテック社の特許ライセンスを受けているMedImmune 社が、ライセンス対象特許について無効を主張し、ただしライセンス契約は維持しつつ、特許無効の確認判決を提起した事件です。一般に確認(宣言的)判決を求める訴訟を提起する場合、原告と被告の間に「現実の争い(actualcontroversy)」が存在することが要求されます(確認判決法28 U.S.C.§2201(a )および合衆国憲法第3条) 。特許事件においては、この「現実の争い」要件の判断基準として、「訴訟提起の合理的懸念(reasonable apprehension of su it)」テスト、すなわち特許の無効や非侵害の確認判決を求める被告が原告(特許権者)によって侵害訴訟を提起される可能性に直面していることの証明が必要である、という基準がCAFC によって設けられました。MedImmune 事件においても、CAFCはこの合理的懸念テストに基づき、実施料を支払ってライセンス契約を維持している原告(MedImmune)にはライセンサー(ジェネンテック)から侵害訴訟を提起される合理的懸念がない、として訴えを却下しました。MedImmuneの上告請求を受理した最高裁は、特許ライセンスを受けている者(ライセンシー)が、特許対象特許に関する確認判決訴訟を提起する前提要件として、契約に違反することが常に求められるわけではない。現実の争いが生じているか否かの判断は、事件の状況全体に照らしてなされるべきもの、と判示し、実質的にCAFC の合理的懸念テストを廃したのです。

約3ヵ月後、CAFC はMedImmune 最高裁判決と同様の争点を扱う最初の判決を下しました(SanDisk Corp. v. STMicroelectronics Inc., Fed.Cir., 3/26/07 )。なお、この事件ではライセンス契約の交渉中という段階で特許無効・非侵害の確認訴訟が提起されました。この交渉経緯の一部をCAFC 判決文から以下に抽出します。

原告サンディスクは、フラッシュメモリ市場に参入しており、同製品に関する数件の特許を保有している。被告ST は、古くから半導体集積回路市場に参入しているが、最近になってフラッシュメモリ市場にも参入し、フラッシュメモリ製品に関する大きな特許ポートフォリオが保有している。

2004/4/16
ST の知財・ライセンシング担当副社長リサ・ヨルゲンソンは、サンディスクのCEO 宛にクロスライセンシングについて交渉するミーティングを求める書簡を送付。書簡にはサンディスクにとって「関心があると思う」として8件の特許をリストされている( その後の交渉中にさらに6件が追加)。

4/28
サンディスクの回答書簡: 「リストされた特許の検討に時間を要す。数週間後に連絡をとって、6月のミーティング可能性について話したい」

7/12
サンディスクからの連絡がないため、ST ヨルゲンソンから書簡。「7月中にクロスライセンスについて協議するためのミーティングを行いたい。」

7/21
サンディスクの主任IP 弁護士および上席取締役アール・トンプソンの回答書簡:「両社ともに、去る5月、6月に行ったような友好的な話し合い*の継続を望んでいるものと理解する」

* 5/18 と6/9 にサンディスクとST の事業部代表者がミーティングを行い、サンディス クによるST フラッシュメモリ製品購入の可能性が話し合われている。

トンプソンはST ヨルゲンソンが、8月の事業部ミーティングに参加するよう要請。

7/27
ST ヨルゲンソンの回答: 「ビジネス・ディスカッションと特許ライセンス・ディスカッションは別個に行う方がよい」

8/5
ビジネス・ミーティング開催:ST とサンディスクのビジネス・ディスカッションの場において、サンディスクは自社特許3件の分析書を提示し、ST へのライセンス供与を口頭で申し出た。 ST はあくまでビジネスと特許のディスカッションは別個に行うことを主張。

8/27
ライセンス・ミーティング開催:ST 側-ヨルゲンソン、ライセンス担当弁護士、サンディスク製品の侵害分析のためST に雇われた3人の技術専門家出席のうえ、詳細・具体的な侵害分析結果を提示。 ヨルゲンソンは、侵害分析レポートをサンディスクのトンプソンに手渡しつつ、「ST はサンディスクを訴えようという計画は全くない」と明言。

9/1
ST ヨルゲンソンの書簡: サンディスク特許の分析に関する資料を要求
~ クロスライセンシングをめぐる書簡、電子メールやりとり

10/15
サンディスクによる確認訴訟提起 -ST 特許の無効・非侵害主張

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本事件においてCAFC は、MedImmune最高裁判決が実質的にCAFC の「合理的懸念テスト」を廃止したとして、本事件に対する最高裁判決の適用について、以下のように述べています。「最高裁は、MedImmune 事件において、ライセンス契約がすでに締結されている状況での確認訴訟管轄権について検討した。一般に、本件のようなライセンス契約締結前の行為において、原告が他者の保有する特許の存在を知っている、あるいはその特許が侵害リスクを伴うものであると認識しているだけあって、特許権者側からの積極的行為がない状況において確認訴訟管轄権が発生することはない。ただし、違法な行為を遂行する立場へと原告を追い込んだり、原告が行う権利があると主張していることを断念させることになるような立場を特許権者がとる場合、確認訴訟の要件は充たされることになる。…… 他者の特定された行為または行動計画に対し、特許権者が特許に基づく権利を主張し、かつ当該他者が特許ライセンスなしでも(特許権者が問題視する)行為をする権利があると主張している場合、憲法第3条の要求する現実の争いが生じていることになり、確認判決を求めるためにあえて問題視されている行為をして、侵害訴訟を提起されるリスクを負う必要なない……。

本件において主張されている事実に基づけば、サンディスクは憲法第3条に基づく現実の争いを証明したといえる。ST は、サンディスクの具体的に特定された行為に基づき、ST の特許実施料を請求する権利があると主張している。例えば2004年8月27日のライセンス・ミーティング…。一方、サンディスクはST への実施料支払いなしに自らの行為を遂行することができる旨主張している。これらの事実は、いずれも「対立する法的利益を有する当事者間の、緊迫性と現実性をもった実質的な争い」の要件が充たされていることを示すものである」

また、ライセンス・ミーティングにおいて示された「ST はサンディスクを訴えようという計画は全くない」というST の約束について、CAFCは以下のように述べ、「現実の争い」をなんら減ずるものではない、と判断しています。 「……ST は、サンディスクに接近し、詳細な検討を行い、サンディスクによる侵害という結論を出し、その結論をサンディスクに伝えている。そのうえで、“訴えるつもりはありません”といったところで、これは、”脅すだけ脅しておいて逃げる戦法による司法外の特許権行使”といった類のものであり、まさに確認判決法が防ごうとしている行為である」

最後に、本事件を審理した合議体メンバー(3判事)の1人であるブライソン判事は、今回の判決結果自体はMedImmune 最高裁判決に沿うものと認めながらも、多数意見が示した広範な基準では、特定された相手方の行為に対するライセンス申し出に対して、非特許権者側が「特許範囲に入らない」と主張したケースのほぼすべてにおいて、確認訴訟の提訴要件が充たされたことになってしまう、という懸念を示す補足意見を提出しています。

(渉外部・飯野)

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