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2009.02.16

【Cases & Trends】 eディスカバリの惨事 – 求められる新たな文書管理戦略/ディスカバリ対応の必要性

 去る2月4日、米ナスダック市場で米ラムバス社(Rambus, Inc.)の株価が急落したとの報道がありました。昨今において株価下落のニュースは驚くべきことではありませんが、このラムバスの場合は「ご多分に漏れず」というものとは違うようです。ラムバス自身のプレス発表によれば、同社が特許侵害を主張してカリフォルニア北部地区連邦地裁に韓国ハイニックス、サムスン、米マイクロンなどを提訴していた事件で、カリフォルニア地裁は、最近デラウェア地区連邦地裁が下した命令に鑑み、カリフォルニアでの手続きを停止したというもの。

 デラウェア地裁での事件とは、同じラムバスの特許をめぐり警告を受けたマイクロン側が2000年に提起していた確認訴訟であり、本年1月9日、デラウェア地裁は、ラムバスによる証拠隠蔽を認定し、ラムバスの対象特許全件を権利行使不能にするという命令を下しました。デラウェア地裁に先立ち、やはりラムバスによるディスカバリ対象文書の破棄について争ったカリフォルニア地裁では、ラムバスの証拠隠蔽を認定していませんでした。ここにきてデラウェア地裁が相反する判断を下したため、カリフォルニア地裁が手続きを一時停止したということのようです。

 最近になり、米特許訴訟において、ディスカバリ対応の不備により制裁を課される事例が目につくようになりました。昨年は、Qualcomm社がBroadcom社を訴えていた事件で、Broadcom側からのディスカバリ要求に対する不正な対応を理由にQualcomm側に850万ドルという制裁が課され、波紋が広がりました。特にQualcomm事件は、開示請求された文書が存在しないと回答した後に、ある従業員のeメールから多くの関連情報が見つかったというもの。電子文書ならではの複雑さがあり、弁護士の間でQualcomm事件は、「eディスカバリの惨事」と呼ばれ、警戒されています。

 世界的経済危機の震源地として苦しむ米企業ですが、今後の特許訴訟行動としては、厳しい業績の打開策として、訴訟をも辞さず何とか特許の金銭化を図る。ただし、長期訴訟に持ち込む資力がないため、早い段階での有利な和解を導くというパターンが増えると見られています。そこで重要になるのが、ディスカバリ対応、特に「eディスカバリ」対応において、思わぬ落とし穴に落ち込まないこと。そのためには、日常的な文書管理ポリシーをしっかり確立し実践することがこれまで以上に重要になってきたといわれます。

 以下、1月9日に下されたデラウェア地区連邦地裁の制裁命令をご紹介いたします。このラムバスの事件は、Qualcomm事件のように特に電子文書に固有の問題が論じられているものではありませんが、最新の事例であること、証拠隠蔽に関する基礎的論点が盛り込まれているため、こちらをご紹介することにしました。スペースの関係上、裁判所の意見書に書かれた「法的結論」部分を中心にご紹介します。

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デラウェア地区連邦地方裁判所

意見書

III. 法的結論(Conclusions of Law)

A. 審査の基準
 特許訴訟における証拠隠蔽に対する制裁については各巡回区の法律によって支配される。ここでいう「隠蔽(spoliation)」とは、訴訟の継続中において、または訴訟が合理的に予期できる段階において、証拠を破棄、もしくは重要な変更を加え、あるいは他者が証拠として使用する財産を保全しない行為をいう。

 証拠を保全する義務は、請求事項が発生する可能性について知った時点で発生する。一般に請求事項の可能性は、訴訟が継続中か、差し迫った状態にある場合、あるいは訴訟が予期されることについて合理的な確信がある場合に、認識されたものとみなされる。請求の可能性が認識された場合、当事者は、将来の訴訟に関連があると認識する(あるいは認識すべきものと合理的にみなされる)証拠を保全する義務を負う。

 当事者が、記録(文書)保存ポリシーを有している場合、裁判所は「当該ポリシーが、関連する文書をとりまく事実と状況に鑑み、合理的であるか」、あるいはそれが悪意によって確立されたものであるかを判断すべきである。

  『当該ポリシーの対象となる文書の性質に鑑み、当該ポリシーが合理的なものであると裁判所が認めたとしても、状況によっては、当該ポリシーにかかわらず特定の文書は保存しておくべきであった、と裁判所は認定することができる』 Gumbs v. Int’l Harvester, Inc. 718 F.2d. 88, 96 (3d Cir. 1983)

 したがって、当事者が合理的に訴訟を予期する場合、日常的な文書保存/破棄ポリシーを停止し、「訴訟ホールド」をかけることにより、訴訟に関連する文書の保全を確保しなければならない。
 
 ……証拠を隠蔽した当事者に対する制裁においては、地裁が固有の権限を有する。Schmid v. Milwaukee Elec. Tool Corp. 13 F.3d 76,78 (3d.Cir. 1994) それぞれの事件において課される制裁の選択は、地裁の健全なる裁量の範囲内にある……。

B. 分析
 裁判記録によれば、1996年の時点において、ラムバスは、知的財産の攻撃的な使用により(自ら「特許地雷原」と称している)、自社のDRAM技術を広く産業界に採用させようと考えていた。1997年10月にラムバスの特許ポートフォリオ管理者としてジョエル・カープ(元サムスンの弁護士)を雇い、カープは1998年3月までにライセンシングと訴訟戦略を構築する任務を与えられた。あくまで最終目標はライセンシングであったが、ラムバスは、ロイヤルティ・レートの確保と特許有効性の確立を目的に訴訟計画を開始した。訴訟目的に特化した形で、カープは文書保存ポリシー(Document Retention Policy)の実施を提案した。このポリシーに従い1998年7月までに文書が破棄され、9月には最初の「シュレッダー・デイ(shred day)」が実行された。

 1998年4月、インテルは、ラムバス抜きで次世代DRAMの可能性を探っていることをラムバスに伝えた。それでも1998年中は、ラムバスとその製造パートナー(マイクロン含む)はラムバスのダイレクトRDRAMの大量生産に向けて作業を進めていた。1998年10月、カープはラムバス経営陣に対し、ダイレクトRDRAMが後戻りできない地点に到達するまで(見込みは2000年第1四半期)、ダイレクトRDRAM製造パートナーに対し特許権を主張すべきでないとアドバイスしていた。カープはさらに1999年の間は「ステルス(stealth)モード」を続けるようアドバイスした。

 1998年末までに、カープは、ラムバスがインテルとの関係終結後も生き残るための準備に取り掛かっていた。カープは、インテルとの交渉が決裂した場合の訴訟ターゲット、訴因、法廷地を選定した。このときラムバスはすでにマイクロンへ侵害請求をするためのクレームチャートを作成していた。

 1999年4月、カープは特許弁護士に対しラムバスの特許ファイルを除去するよう指示した。同年6月までには、訴訟がカープの明示的目標となっていた。8月にラムバスは2回目の「シュレッダー・デイ」を実施。9月までには、ラムバスの役員間で、モデルとしてDRAMメーカーを1社訴える必要があるというコンセンサスができあがっていた。10月に日立に対してラムバス特許の通告がなされた。12月にはラムバス社内で「訴訟ホールド」がかけられ、日立に対しては翌月に訴訟が提起された。

 以上の記録から、ラムバスが最初から、この極めて競争的な業界において、攻撃的競争者になる準備を進めていたことが明らかである。ラムバスの特許ポートフォリオは、彼らが選んだ舞台、すなわちDRAM市場において用いられる武器として考えられた。これらの状況において、訴訟が不可避的であったことは十分に予想できる。ただし、企業に対するラムバスの一般的に強硬なアプローチを根拠に、ラムバスが訴訟が合理的に予期できる時点で意図的に文書を破棄したのか、そうであればマイクロンに対する不利益を是正するためにいかなる制裁が課されるべきかを判断することはできない。

 当裁判所は、本件訴訟が合理的に予期できたのは、カープがラムバスの訴訟戦略実行の時間枠と目的を明確に述べた1998年12月以降、と結論する。さらに、ラムバスの文書保存ポリシーは、ラムバスの訴訟戦略の一環として論じられかつ採用されたため、将来のある時点において重要となりうる文書を破棄する当該ポリシーの実行が不適切であったことをラムバスが知っていた、もしくは知っていて然るべきであったと、当裁判所は結論する。したがって、関連性ある証拠となりうる文書を保全する義務は1998年12月に発生し、このとき以降破棄されたいかなる文書も、意図的に破棄された、すなわち悪意で破棄されたものとみなされる。

この証拠隠蔽によりマイクロンが被った不利益の度合いを決定するに際し、マイクロンは、破棄された書類が開示対象となりうるものであり、現在の訴訟に関連性を有するタイプの書類であったことを証明する責任を負う(ここで、関連する期間において、数百箱の文書が破棄され、社外弁護士がラムバスの指示により彼の特許ファイルを除去したことを思い出すべき)。より具体的には、マイクロンは特許権濫用および反トラスト法・不正競争法違反、さらに不公正行為による特許の権利行使不能を主張している。これらは、公開されない性質の証拠、例えばラムバスの内部文書によって明らかにされる抗弁である。 裁判記録によれば、これらの抗弁に関連する文書が存在したことが明らかであり、ゆえに当裁判所は、マイクロンがラムバスの行為により不利益を被ったものと結論する。この不利益はさらにラムバスの訴訟行為(よくて妨害的、悪くてミスリードする行為)において高められた。

 証拠隠蔽に対し、いかなる制裁を課すかの決定において、裁判所は、マイクロンへの実質的不公正を回避し、将来的にかかる行為を抑止することに資する範囲で最も厳しくない制裁を認定すべきとされる。本件における証拠隠蔽行為は、ラムバスのあらゆるビジネス局面に関する無数の文書の破棄など極めて広範なものであり、これをラムバスの訴訟行為に照らして考えたとき、訴訟プロセスの完全性を攻撃するものといえる。これらに鑑みれば、(ラムバス側に不利な)陪審説示や証拠の排除という制裁は現実的でない。単に費用負担を課すというだけでは全く不十分であることは言うまでもない。したがって、当裁判所は、本件におけるラムバスの行為に対する適切な制裁は、主張された特許がマイクロンに対して権利行使不能であると宣言することであると結論する。

命 令

1. 米国特許5,915,105号、5,953,263号、5,954,804号、5,995,443号、6,032,214号、6,032,215号、6,034,918号、6,038,195号、6,324,120号、6,378,020号、6,426,916号および6,452,863号は、本件原告/反訴被告(マイクロン)に対し権利行使不能である。
2. 裁判所は2009年1月16日午前9時30分に両当事者と電話会議を行い、本命令意見書に照らし、本件の状況について協議する。
2009年1月9日

(渉外部 飯野)

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