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2017.03.16

【Cases & Trends】 職務発明をめぐる英国最新判例 — “Too Big To Pay” 大企業では補償金支払い基準がかなり厳しい(?) [後編]

従業員発明、特に大企業の従業員発明に対する補償金が争点となった英国控訴院判決(Shanks v. Unilever Plc & Ors [2017] EWCA Civ 2 (2017))の紹介、後篇です。

=> 前編はこちら

ユニリーバグループの英国研究所(Unilever UK Central Resources Ltd.: CRL)に雇用されたシャンクスは、雇用中に血中のグルコース濃度を測定する装置に関する発明をしました。これが後に他社への特許ライセンスを通じ、多額のロイヤルティ収入をユニリーバグループにもたらしたのですが、最初から発明行為が雇用目的のひとつであったシャンクスに対し、会社側からの特別な支払いはなく、彼が受け取ったのはグループ内規程に基づく2ドルのみでした。これを不服として特許庁の裁定を求めましたが、シャンクスへの補償金支払いは認められず、高等法院へ、さらに控訴院へと控訴を続けてきたという事案です。

– 関連法 –

1977年特許法第40条
ここでは、「…当該特許が、(雇用主の事業の規模や性質などに照らし)顕著な利益(outstanding benefit)を雇用主にもたらした場合」に、裁判所または特許庁長官が発明者に対する補償金を裁定することができると定めています。(なお、第39条で、従業員による発明が「職務発明」に該当する場合、原始的に雇用主側に帰属することが規定されています)

同第41条
「第40条(1)または(2)に基づき認められた従業員への補償金は、…雇用主が得た、または得るものと合理的に期待される利益の、公正な取り分(fair share)を、当該従業員へ確保するものとする…」

「顕著な利益」のうち、「利益」については、「金銭上の、または金銭的価値を有する利益(benefit in money or money’s worth)」という定義がありますが(同第43条(7))、「顕著」とは何かについては定義がありません。ただ、雇用主の事業規模や性質などに鑑みて「顕著」であるか否かが判断されるべき、と規定されているのです。そこで、40条でいう「顕著な利益」とは絶対的なものでなく相対的基準であるがゆえに、ケースごとの判断にならざるを得なくなるようです。

– 本件における「顕著な利益」の判断 –

特許庁裁定:シャンクス特許がもたらした利益は2,450万ポンド。この額は、ユニリーバの事業規模や性質に鑑みて、「顕著な利益」とはいえない。ゆえに、ユニリーバはシャンクスの発明に対する補償金を支払う義務はない。

ユニリーバの主張: 確かに 2,450万ポンドという額は、「とるにたらない額」とはいえない。しかしながら、ユニリーバグループ全体の売上高と利益に鑑みれば、小さなものとならざるを得ない。

シャンクスの主張: 特許庁の判断は事業規模や売り上げ規模にのみ焦点を当てており、他の要素をないがしろにしている。これでは、大企業すなわち支払い義務なしの、「Too big to pay」 ルールになってしまう。検討すべき他の要素とは、たとえば、ライセンス収入ならではのメリット(特許が高い利益率を実現。ユニリーバのリスク、高コストなし。タナボタ的利益)が挙げられる。特に今回の特許対象品は、ユニリーバのビジネス対象とは異なり、生産対象外。そもそもユニリーバのビジネス方針として、ライセンシングも通常は行わない。

これに対し今回、控訴院は、「雇用主の売上高と利益は常に関連要素となるが、これのみをもとに判断されるわけではない。シャンクスの主張とは異なり、特許庁は他の要素も検討したうえで、2,450万ポンドが「顕著な利益」をもたらす額ではないと判定した」と判断し、シャンクスの控訴を退けたのです。

今回の判決で、イギリスでは職務発明に対する補償金支払いのハードルが高いことが再確認されたといえそうです。もっとも今回の判決により、大企業の従業員発明者には厳しさが確認されたものの、逆に中堅中小企業の発明者は「企業規模に鑑みれば顕著な利益をもたらした」という議論を展開しやすくなったという指摘もあります。ユニリーバのようにボルボやBMWはいらないが(前編『事実概要』ご参照)お金は欲しい、という発明者もたくさん出てくるかもしれません。

(営業推進部 飯野)

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