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2020.04.22

【Cases & Trends】 米国:年金未納で失効した特許権の回復申請要件、「意図せざる」遅延とは — 米特許庁の運用明確化告示およびCAFC判決(In re Rembrandt)が示唆すること

米特許庁は、2020年3月2日付連邦官報(Federal Register)において、放棄された特許出願の復活申請や特許維持年金の未納により失効した特許権の回復申請に関する運用の明確化について告示しました。 “Clarification of the Practice for Requiring Additional Information in Petitions Filed in Patent Applications and Patents Based on Unintentional Delay” 85 FR 12222(3/2/2020)
以下、ここでは年金未納による権利失効後の回復についてのみ記します(告示全体の概要説明は【特許・意匠ニュース】で紹介していますのでご参照ください)。

失効後の権利回復申請(遅延納付の申請)については、従来存在した2年の申請期限が特許法条約実施法(2013.12.18施行)によって撤廃され、無期限となりました。 「…(特許庁)長官は、納付の遅れが意図したものではなかった(unintentional) ことが十分に示されたならば、6カ月の追納期間経過後も納付を受理することができる」(35 USC §41(c)(1))(*正確にいうと、改正前は ”unintentional” delayの他に”unavoidable” delayを理由とする回復規定が存在し、無期限とされていました。この規定が実際に適用されたことはほとんどなく、改正により削除されました)

権利回復申請に対して「長官は、当該遅延が意図せざるものであったか否かについて疑義がある場合、追加の情報を求めることができる」とする規定があります(37 CFR 1.378(b)(3))が、実際の運用においては、出願人/権利者の「誠実義務(duty of candor)」に依拠し、申請フォーム中の “unintentional”欄にチェックするだけで認められるケースがほとんどだったようです。実際、このような緩い運用を懸念し、改正直後には「ゾンビ特許」(一度死んでもいつ生き返ってくるかわからない)問題を指摘する声もありました。(cf. “Zombie Patents: Stronger Than Ever” John M. Griem, Jr. and Theodore Y. McDonough, Carter Ledyard & Milburn, Client Advisory 3/14/2014)

今回の官報告示では、この運用を変え、「未納による権利失効後、2年以上経過した遅延納付申請に対し、その遅延が『意図せざる』ものであることを示す追加の情報を求める」ことを明確にしました。(*ただし、告示の末尾では、「今回の告示は2年以上遅れた申請だけに適用されるわけではない。意図せざる遅延か否かについて疑義がある場合、2年以内の申請であっても追加情報を要求する場合がある」ことを明記しています)

告示中では明確化の背景についてはっきり示していませんが、「長期間経た後の回復申請は、本当にそれが意図せざるものだったのか疑わしい場合があり…特許権における確実性や予測可能性を損ねる可能性もある」と指摘しています。さらに、回復申請における虚偽表示を理由に特許が権利行使不能(unenforceable)と判断される可能性も指摘しています。 「…遅延が『意図せざる』ものであったことについて不適切な供述をすれば、当該特許の権利行使をする段階で(権利者側に)不利な影響が生ずることもある。Rembrandt事件においては不適切な供述書の提出が不公正行為に該当すると認定され、特許は権利行使不能と判断された In re Rembrandt Techs. LP Patent Litigation (Fed. Cir. 2018)』

以下、このRembrandt判決の概要を紹介します。本件の特許権者はいわゆるパテントトロール/PAE(Patent Assertion Entity)であり、争われた特許は「商業上の価値がない」という理由で一度放棄した後に復活させたものです。 いま、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)により世界経済が未曽有の打撃を受けることが確実視されるなか、特許権維持の判断もより厳しいものになることが予測されます。「コロナ不況時」に精査され放棄された権利を「コロナ後復興期」において復活活用しようという動きが、本件権利者のようなトロール/PAEだけでなく、一般の事業会社からも出てくるかもしれません。権利者の立場からみても、権利行使される立場からみても、一読に値する事例だと思います。

In re Rembrandt Techs. LP Patent Litigation (CAFC 7/27/2018)
(*複数の争点があるなかで「失効特許権の回復申請における不公正行為」に絞って紹介します)

事案の概要
[権利失効・回復の経緯]
本件対象特許は、原告Rembrandt Technologies LLC(「レンブラント」)が譲渡を受けたケーブルモデム関連特許8件、他1件の計9件。ケーブルモデム特許8件のなかに本件論争対象となった2件の特許4,937,819 (1990.6.26登録)および5,719,858 (1998.2.17登録)が含まれている。
当初の特許保有者はParadyne Networks, Inc.(「パラダイン」)。他の関係者として以下の者がいる。
・Gordon Bremer(ブレマー)…パラダインの元技術担当役員
・Scott Horstemeyer(ホルステマイヤー)…パラダインの特許出願代理人(社外特許弁護士)
・Patrick Murphy(マーフィー)…パラダインCFO

2002年、パラダインは ‘819特許、’858特許を「維持年金を納付する価値なし」と判断し、年金を納付しなかった。その結果、’819特許は2002年6月、’858特許は2002年2月に失効した。
*ブレマーとホルステマイヤーの後の証言 「パラダインは、あとで復活させたくなった場合、そのときに遅延納付が認められるものと誤解していた」
その後、第三者がパラダイン保有特許の買取りに興味を示すと、ブレマー、ホルステマイヤー、マーフィーは、’819特許、’858特許の回復(遅延納付)申請を提出した。特許庁への申請に際し、「年金納付の遅れは意図せざるものだった(unintentional)」とのみ表明し、特許庁はパラダインの申請を受理した。
*ホルステマイヤーの後の証言 「回復条件に対するパラダインの誤った理解を『意図せざる』遅延の理由としたことを、特許庁に対し正直に言うべきだった。しかし、特許庁の申請用書式から逸脱したくなかったため、この説明はしなかった」

[特許権主張会社(PAE)の設立]
2004年9月 パラダインはレンブラントに特許権行使会社の設立を提案した。
*権利行使のための特許群には、失効から回復した ‘819特許、’858特許も含まれている。
2004年12月 パラダインとレンブラントは特許売却契約を締結した。
2006年2月 レンブラントは、ブレマー、ホルステマイヤー、マーフィーが設立したコンサルティング事務所であるAttic IPとコンサルティング契約を締結し、特許ポートフォリオ分析と実行中の権利主張プログラムに関するサポートを受けることにした。

[特許侵害訴訟]
2005年9月 レンブラントはComcastによる特許侵害を主張してテキサス東部地区連邦地裁に提訴した。対象の特許は、パラダインから取得した6件。
2006年6月 レンブラントは複数の有線放送プロバイダーを特許侵害で提訴した。
2007年 広域係属訴訟司法委員会(Judicial Panel on Multidistrict Litigation: JPML)が各地裁に係属するレンブラントの侵害訴訟をデラウェア地区連邦地裁に一本化した。
2008年8月 マークマンヒアリングに基づくデラウェア地裁のクレーム解釈で、9件の係争特許のいずれもレンブラントに不利な決定が出される。
2009年1月 レンブラントが被告へ表明 「地裁のクレーム解釈決定が控訴で覆らない限り、’631特許、’819特許、’858特許については侵害主張を行わない」
2009年7月 レンブラントと被告は特許侵害訴訟、非侵害反訴の取り下げで合意、裁判所もこれを認める。

[訴訟取下げ後の被告申立て]
レンブラントが訴えを取り下げるまでの間、両当事者は広範な事実ディスカバリを行っていた。被告らはディスカバリを通じ、‘819特許と’858特許の失効と回復、Attic IPコンサルタント達の本訴訟に対する利害関係、パラダインの権利承継人による関連文書の破棄などについて知った。

2009年11月 被告らは、不正に復活させた2件の特許に基づく権利行使などを理由に、本件が特許法第285条に基づく「例外的(exceptional)」事件に該当すると主張し、被告側弁護士費用をレンブラントに負担させるよう申し立てた。

2015年8月、地裁命令 –- 被告申立て認容 
「レンブラントは、回復した特許が権利行使不能であることを、知っているべきであった(should have known)。本件は『例外的事件』に該当する」
2017年3月、地裁命令 – レンブラントは被告らに5100万ドルの弁護士費用および訴訟費用を支払うこと
レンブラントはCAFCへ控訴

2018年7月27日 CAFC判決
— 地裁による「例外的事件」認定を確認。弁護士費用額については破棄・差し戻し

判決要旨
レンブラントは、地裁が、不公正行為(inequitable conduct)を理由に本件特許を権利行使不能と認定したこと、および不公正行為の責任をレンブラントが負うとしたことを誤りであると主張する。
不公正行為とは、特許侵害請求に対する衡平法上の抗弁(equitable defense)である。不公正行為抗弁が認められるためには、特許出願人が、特許庁を欺く明確な意図(specific intent to deceive)をもって、重要な情報(material information)について虚偽表示をした、もしくは表示しなかったことを被疑侵害者が証明する必要がある(Therasense, Inc. v. Becton, Dickinson & Co., (Fed. Cir. 2011)(en banc))。 不公正行為の主張が認められると、特許法第285条に基づく「例外的」事件が認定される場合がしばしばある(Brasseler, USA I, LP v. Stryker Sales (Fed. Cir. 2001))。

[重要性(materiality)]
最初の問題は、年金納付の遅延が「意図せざるもの」だったというパラダインの供述が、特許性に対し重要な(material to patentability)影響を及ぼすものだったか否かである。

特許庁は、『特許権保有者が、当該特許発明には商業上の価値がないという確信により、特許維持年金を納付しなかった場合、権利を回復させることができるのか』という問いに対し、明確なガイダンスを出している。
たとえば、Manual of Patent Examining Procedure §711.03(c)(3)(II)(C)(9th ed. 2015)「出願手続きを継続するだけの十分な商業的価値がないことを理由に出願を放棄する出願人の決定は、『慎重に選択された行動方針(deliberately chosen course of action)』であり、その結果生じた遅延を「意図せざる」ものとみなすことはできない。…また、放棄した後に状況が変わったとしても、慎重に選択された行動指針を後から「意図せざる」ものとすることはできない。… ここで、放棄された出願における「意図せざる」の定義は、認可済み特許についても同様に当てはまる」

以上に照らせば、もし特許庁が、パラダインが意図的に当該特許権を失効させたことを知っていたならば、同特許の回復を認めなかったであろうことは明らかである。すなわち、パラダインの供述は、特許性に対し(少なくとも権利行使可能性の維持に対し)、重要な情報であったといえる。
パラダインが主張する(遅延納付に関する)誤解は、抗弁にはならない。 パラダインの従業員が、6ヵ月の追納期間後、何年経過した後も回復できると思い込んでいたことは事実かもしれない。しかし、年金を納付しないという判断自体が意図的なものであることに変わりない。

[欺く意図(intent to deceive)]
欺く意図の問題はより複雑である。
当裁判所はかつてNetwork Signatures, Inc. v. State Farm Mut. Auto. Inc.,Co.(Fed. Cir. 2013)において、「証拠から導くことのできる単一の最も合理的推量が特許庁を欺く意図、ということでない限り、特許権者の行為は特許庁を欺く意図をもった重要な虚偽表示となりえない」と判示した。

Network Signatures事件において、特許権者であった海軍は、当該発明に商業上の利益が認められないという理由で、同軍の標準的方針に従い特許を失効させた。年金納付期限日から2週間後、当該特許のライセンス可能性についてある者がコンタクトしてくると、海軍はすぐに特許庁の既定フォームを使い(「遅延納付は意図せざるものであった」旨が印字されており、チェックするだけでいい)、遅延納付申請をした。
特許庁は申請を受理し、海軍の特許は復活した。その後、この特許を対象として提起された侵害訴訟において、被告は、特許権者(海軍)による権利回復申請が不公正行為を構成すると主張した。地裁は、海軍の供述に特に法外なことがあったとは認定しなかったが、海軍側の不公正行為を認めた。控訴審において当裁判所は、「特許庁の標準手続き」に従ってなされた海軍の遅延納付は、特許庁を欺く意図をもって重要な情報を伏せたことを示す「明確かつ説得力ある証拠(clear and convincing evidence)」とはいえない、と判示して地裁判決を破棄した。

これに対し、本件の場合、特許庁を欺いた同じ人物が他の様々な不正行為に関わっている(当時パラダインに関わっていたブレマーやホルステマイヤーなどによる関連文書廃棄の黙認や虚偽証言など)。地裁はこれらに鑑み、「特許庁を欺く意図こそ、証拠から導かれる単一の最も合理的推量である」と適正に判断したといえる。

[レンブラントの責任]
残る問題は、「レンブラントはかかる詐欺的行為について十分認識していた」という地裁の結論が妥当であったか否かである。
この点については、被告/被控訴人が十分な証拠を提出している。2006年8月にブレマーがレンブラントの社内弁護士であったメリ(Meli)に送付したスプレッドシートには、第三者が関心を示した特許リストがあり、リスト中の‘858特許にはかつて放棄された事実が付記されていた。
レンブラントは、このスプレッドシートから不正な回復申請の事実を探り出すことは不可能だというが、ここに掲載されている特許は30件程度に過ぎない。また、この中にはレンブラントがすでに権利行使をしていた特許が含まれており、特に注意を払っていたはずである。したがって、レンブラントは、’858特許が一度放棄されたことを知りつつも、どのように復活したのかをあえて調べないことにした、という地裁の結論は妥当であったといえる。’819特許はリスト中になかったものの、’819特許を含む複数の特許権回復計画についてパラダイン従業員が協議したことを記した文書に、レンブラントがアクセスしたことを示す証拠も提出されている。

…以上の理由により、本件特許の回復申請における不公正行為を認定し、同行為におけるレンブラントの責任を認めた地裁命令に誤りはなかったと判断する。
—————

レンブラント判決によれば、「この特許発明には商業的価値がない/年金を支払うだけの価値がない」との判断に基づき放棄した以上、その後「意図せざる」事情での放棄だったとして権利回復を図ることはかなり難しい、ということになりそうです。
さらにこのような事情を知りつつ特許権を復活させたとしても、「特許庁を欺く意図」が認定されるような申請をすれば、「権利行使不能」とされる可能性もあります。特に本件のように、復活させた特許で侵害訴訟などを仕掛けた場合、逆に広範なディスカバリによって過去の行為が明らかになり、「権利行使不能」だけでなく、「例外的事件」認定により相手方弁護士費用支払い命令などのカウンターを受ける可能性さえありそうです。

その一方で、レンブラント判決中に引用されているNetwork Signature判決では、一度は商業的価値なしの判断で放棄したにもかかわらず、(失効後2週間とはいえ)回復申請して復活した特許の「権利行使不能」認定はされませんでした。CAFCは、Network Signature事件と比べ、レンブラント事件における出願人/特許権者側の行為における「欺く意図」要素が高いと述べていますが、なかなかその区別が判然としません。事実Network Signature判決に対しては「CAFCの基準が緩い」という指摘もありました(前出「ゾンビ特許」他)。

いずれにせよ、CAFCはNetwork Signature判決の中で、特許権者(海軍)が回復申請において「特許庁の標準手続きに従っていた」ことをひとつの判断基準としていました。ということは、特許庁の標準手続きが、2020年3月2日の告示によって「2年以上の遅延納付においては、意図せざる遅延に関する追加情報を提出する」ことに変わった以上、Network Signature事件のような判断はされなくなると思います。(これらはあくまで筆者の個人的感想ですので、弊社年金管理サービスユーザー様は、申請実務上の不明点があれば弊社専門スタッフにお問い合わせください)

⇒ 2020.3.2 特許庁告示
⇒ レンブラント事件CAFC判決

(営業推進部 飯野)

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