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2022.03.09

営業推進部 飯野

【Cases & Trends】注目のコネクテッドカーSEP訴訟で米控訴裁判決下される(Continental Automotive v. Avanci) — サプライヤーへのSEPライセンス拒絶は「現実の被害」をもたらすか

自動車メーカー、サプライヤーを巻き込んだ注目のSEP(標準必須特許)ライセンス訴訟における米控訴裁判決が、2022年2月28日に下されました。裁判所はテキサス地区などを管轄とする連邦第5巡回区控訴裁判所です。(Continental Automotive Sys., Inc. v. Avanci, L.L.C., et al. 5th Cir. 2/28/2022)

コネクテッドカー用のTCU(テレマティクスコントロールユニット)の「Tier 1サプライヤー」であるコンチネンタルが、SEPライセンスを求めたところ、「自動車メーカー(OEM)以外にはライセンスしない」とSEP保有者(のライセンスエージェントであるアバンシ)から拒絶されたため、FRAND誓約(標準化団体とSEP保有者の契約に相当)違反、さらには独禁法(反トラスト法)違反に該当するとして提訴していた事件です。(特許法自体が争点になっていないため、CAFCでなく第5巡回区控訴裁が控訴を受けています)
サプライチェーンにおけるSEPライセンス交渉主体の問題は、SEPライセンスにおける主要論点のひとつでもあり、本件はこの問題に真正面から取り組む事件として注目されていました。今回の判決自体は、当事者適格という入り口の問題を扱うものですが、これに付随してライセンス交渉主体の問題にかなり踏み込んでいるようです。実質的に「”license to all”でなく “access for all”を認めるもの」という専門家の指摘も見られます。

以下、控訴裁判決の概要を紹介します。少し長くなりますが、なるべく判決原文の構成と文言を維持・抽出するよう努めました。

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原告/控訴人 Continental Automotive Systems, Incorporated
被告/被控訴人Avanci, LLC; Nokia Cororation et al.
連邦第5巡回区控訴裁判所(CA5) 判決2/28/2022

本件は、無線通信に関する標準必須特許の保有者とこれらの標準規格を組み込む製品のメーカー間の、長い戦いにおける新たな一幕である。自動車部品サプライヤーであるコンチネンタルは、連邦反トラスト法および関連州法の違反を主張して、複数のSEP保有者と彼らのライセンス・エージェントをカリフォルニア北部地区連邦地裁に提訴した。事件はその後テキサス北部地区連邦地裁に移送され、テキサスでの訴答手続き中に訴えが却下された。コンチネンタルはこれを不服として当裁判所に控訴した。

以下に述べる理由により、当裁判所は地裁の判決を取り消し、当事者適格の欠如を理由に訴えを却下するよう指示付きで本件を差し戻す。

<事実背景>
原告/控訴人コンチネンタルは、コネクテッドカーにおける主要コンポーネントのひとつであるテレマティクスコントロールユニット(TCU)の主要サプライヤーである。被告/被控訴人Nokia Corporation、PanOptis Equity Holdingsら(以下「特許保有者被告」)は、標準化団体(standard setting organization: SSO)により設定された2G, 3G, 4G通信規格に必須となる特許の保有者であると主張している。コンチネンタルのようなサプライヤーは、TCUのような標準規格準拠製品を製造する際に権利侵害せざるを得なくなるため、これらの特許は標準必須特許(standard-essential patents: SEP)と呼ばれる。

SEPの重要性や、サプライヤーが標準を乗り換えることの高コストゆえに、標準化は、SEP保有者がその権利の価値以上に特許の使用に対し多くを要求することを可能にする。この行為は、「特許ホールドアップ」として知られている。SEP保有者が特許技術の公正な価値以上を要求するリスクを抑えるため、多くのSSOはSEP保有者がFRAND(fair, reasonable, and nondiscriminatory)条件で彼らの特許をラインセンスすることに同意するよう要求する。しかし、SSOがFRANDロイヤルティレート自体を設定することはない。それは、標準設定プロセスが終了した後、SEP保有者とライセンシーの交渉を経て設定される。この際、SEP保有者は、彼らがSSOと締結した契約(FRAND誓約)に基づき、彼らのSEPをFRAND条件でライセンスすることを約している。

一方、特許ライセンシングの便宜を図るため、多くのSEP保有者は、パテントプールのライセンシングを展開するライセンス・エージェントと契約を締結する。本件においても、特許保有者被告や本件非当事者である37のSEP保有者が被告/被控訴人Avanci, LLC(アバンシ)と特許ライセンシング契約(Master License Management Agreement: MLMA)を締結している。アバンシは、コネクテッド製品(自動車)の通信規格に組み込まれるSEPプールのライセンス・エージェントとして活動し、製品ごとの固定料金という形で、コネクテッドカーに対する「ワンストップ・ライセンス」をオファーする。

本件の核心は、FRANDとMLMAがもたらす相互作用にあり、さらにこの相互作用がコンチネンタルに(裁判によって救済されるべき)被害をもたらしたか否かにある。アバンシがライセンス・エージェントとして扱うすべてのSEPはFRAND義務を負っているため、アバンシとしても同様にこれらをFRAND条件でライセンスする義務を負う。しかし、MLMAによれば、アバンシは自動車メーカー(original equipment manufacturers: OEM)に対してのみライセンスをすることができる。一方でMLMAは、パテントプールのメンバー(SEP保有者)がコンチネンタルのようなサプライヤーに対し、自身のSEPを個別にFRAND条件でライセンスすることを認めている。

コンチネンタルによれば、コンチネンタルはアバンシと個々の特許保有者被告に対し、FRAND条件でのSEPライセンスを求めたが、拒絶された。これに対し被告/控訴人は、コンチネンタルは個々のSEP保有者からFRAND条件のライセンスが可能であったこと、また、アバンシがコンチネンタル製品を含むライセンスをOEMに供与するため、コンチネンタルにはSEPライセンスが不要であることを主張した。

<手続き経過>
コンチネンタルは、FRAND条件で直接コンチネンタルにライセンスすることを拒絶する行為は、契約(FRAND誓約)違反のみならず、1890年シャーマン法に違反する反競争的行為を構成するとして、アバンシと特許保有者被告をカリフォルニア北部地区連邦地裁に提訴した。その後、事件はカリフォルニア北部地区連邦地裁からテキサス北部地区連邦地裁へ移送された。
アバンシと特許保有者被告は、事物管轄権の欠如および救済が与えられるべき請求原因を主張していないこと(連邦民事訴訟規則 12(b)(1), 12(b)(6))を理由に、訴えの却下を地裁に申し立てた。地裁は、管轄権に関するコンチネンタルの主張を一部認めたものの、反トラスト法上の当事者適格の欠如などを理由に、コンチネンタルのシャーマン法請求を却下した。
コンチネンタルはこれを不服として、連邦第5巡回区控訴裁判所に控訴した。

<考察>
合衆国憲法第3条は、連邦裁判所の管轄権(が及ぶ対象)を「事件(Cases)」および「争訟(Controversies)」に限定している。この限定により、原告が訴訟を提起するためには「合衆国憲法上求められる最小限の当事者適格要件(irreducible constitutional minimum of standing)」を満たさなければならない。
合衆国憲法第3条に基づく当事者適格を示すため、原告は、(1)現実の被害(injury in fact)を受けたこと、(2)その被害は被告の行為に起因すること、かつ(3)裁判所による有利な判断(勝訴判決)により救済される可能性があること、を主張しなければならない。
コンチネンタルは「現実の被害」について、以下ふたつの理論を主張した。いずれも、サプライヤーが合衆国憲法第3条の当事者適格を有することを証明するには不十分であり、ましてや、反トラスト法請求の適格性や反トラスト法違反による被害を証明するものではない。

A. 補償義務(Indemnity Obligations)
「アバンシと特許保有者被告がOEMに非FRANDライセンスを受けさせることに成功した場合、このライセンスにより生ずるロイヤルティ支払い義務は、補償契約(条項)を通じてコンチネンタルへ転嫁されるリスクがある。」
地裁は、コンチネンタルが主張するこの被害は「現実のものでも、差し迫ったものでもなく」、憲法第3条適格要件を満たすにものではないと判断した。コンチネンタルの訴状(修正訴状)は、OEMが被告/被控訴人から非FRANDライセンスの締結を強要された(または強要する可能性が高い)、あるいは補償義務を理由にOEMが非FRANDライセンスのコストをコンチネンタルに転嫁した(または転嫁す可能性が高い)、という主張をしていない。あくまで「単なる被害の可能性」を陳述しているに過ぎない。

当裁判所もこれに同意する。アバンシと特許保有者被告が主張するように、コンチネンタルが主張する被害は「二重に憶測的(doubly speculative)」なものといえる。すなわち、まずはOEMが非FRANDライセンスを受け入れ、そのうえでコンチネンタルに対し補償を求めるということがない限り、コンチネンタルが被害を受けることはない。しかし、本件OEMがそのようなライセンスを受け入れ、その後コンチネンタルに補償義務の遂行を要求したといった主張はなされていない。…… コンチネンタルの提出書類には、OEMがアバンシや特許保有者被告に非FRANDレートのライセンス料を支払った、あるいは支払うことになることを示すものはなく、またそのようなライセンス料支払いの補償にコンチネンタルが同意したことを示すものもないのである。

B. ライセンス拒絶(Refusal to License)
「現実の被害」に関するコンチネンタルの第2の理論は、アバンシと特許保有者被告がFRAND条件によるライセンス供与をコンチネンタルに対し拒絶したというものだ。地裁は「原告が権原を有する財産を否定されることで現実の被害が生じた」として、この理論に基づくコンチネンタルの主張に同意した。

当裁判所はこれに同意できない。本件訴答書面や関連判例に照らし、このような結論は導けない。
他の控訴裁も認めている通り、標準規格に準拠する物の製造者は、標準化団体(SSO)とSEP保有者間のFRAND契約(誓約)における第三受益者になりうる。Microsoft Corp. v. Motorola, Inc. 696 F.3d 872, 884(9th Cir 2012); Broadcom Corp. v. Qualcomm Inc. 501 F.3d 297,304(3d Cir. 2007)参照。結局のところ、FRAND義務というものは、事業をするために標準規格を採用しなければならない事業者を保護するために存在するのである。
しかしコンチネンタルは、先例が第三受益者と認定した主体とは著しく異なる。Microsoft事件において、第三受益者たるMicrosoftは自らSSOのメンバーでもあり、MotorolaとFRAND契約の交渉も行った。また、Broadcom事件において、第三受益者たるBroadcomは、事業上ライセンスが必要となるSEPを保有するQualcommの直接的競合者であった。
サプライヤーたるコンチネンタルは関連SSOのメンバーではなく、また、事業をするために被告/被控訴人のSEPライセンスが必要なわけではない。アバンシと特許保有者被告は、コンチネンタルの製品を組み込むOEMに対しライセンスを供与するものとしている。特許保有者被告とSSOが、サプライチェーン上流の第三者に重複的ライセンスを要求することを意図していたことを示す証拠はない。これでは、FRAND誓約の目的を有効たらしめ、特許ホールドアップを抑える必要がない。…… コンチネンタルは、FRAND条件でライセンスを受ける資格が与えられた、契約上意図された受益者(intended beneficiary)ではない。あくまで付随的受益者(incidental beneficiary)として、コンチネンタルには、特許保有者被告とSSO間のFRAND契約を行使する権利がないのである。
 
仮にコンチネンタルが意図された受益者だとした場合、すなわち、コンチネンタルがFRAND契約に基づく権利を有していたとしても、SEP保有者はコンチネンタルに関しSSOに負う義務を果たしているので、契約違反はない。アバンシと特許保有者被告が当該SEPをOEMに対し積極的にライセンスしている(結果としてコンチネンタルもFRAND条件のライセンスを受けられる)ことは、コンチネンタルも認めるところである。コンチネンタルが事業を行う上で、直接SEPライセンスを受ける必要があるわけではないため、権原を有する財産を否定されたということにはならない……。

<結論>
以上の理由により、地裁の判決は取り消す。当事者適格の欠如を理由にコンチネンタルの訴えを却下すべきとの指示付きで本件を差し戻す。

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