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2025.10.07

IP総研 折田/笠井

USPTOの「確立された期待」ドクトリンに関する反証データ

本記事は2025/8/29にLaw360内で掲載された英文記事を同誌の許可の下、翻訳し紹介するものです。(https://www.law360.com/articles/2381350/data-undermines-uspto-s-settled-expectations-doctrine)
Law360によると、本記事は8/29の週においてExpert analysisの中で7番目に多く読まれた記事となったとのことです。特に知的財産関係では一番読まれた記事となるようです。

USPTOの「確立された期待」ドクトリンに関する反証データ

米国特許商標庁(USPTO)の長官代行(当時)であるCoke Morgan Stewart氏は、当事者系レビュー(IPR)審理開始の裁量的却下に関する一連の決定を公表した。これらの決定は、少なくとも一部は、特許の登録後6年以上経過すると特許権者にいわゆる”Settled Expectations”(以下「確立された期待」)が生じるためIPRは不適当だという主張に基づいている。
この「確立された期待」ドクトリンの前提を実証的に検証するため、2012年以降のIPR申立データを収集し、それらの手続で対象となった特許の年齢(経過年数)を特定した。
本分析によれば、相当数のIPR手続—2012年以降のIPR申立の46%超に相当する8,000件以上—が、登録後6年以上の特許を対象にしていた。
それらの申立のうち、最終書面決定に至った手続の80%超で、少なくとも1つの請求項が取消された。このデータは、特許が登録から6年経過すると、特許権者は特許が争われたり無効にされたりしないという強い「確立された期待」を持つようになる、という主張を反証しているように見える。

ドクトリンについて
2025年3月26日、Stewart氏は特許審判部(PTAB)の全判事に向けたメモランダムを発表し、IPRの審理開始の可否の決定を二つの段階に分けると告知した:(1)裁量的考慮事項、(2)本案および非裁量的法定考慮事項
同メモランダムで、Stewart氏は関連する裁量的考慮事項を列挙し、その中に「当事者の確立された期待(例:請求項が有効であった期間の長さ)」を含めた。
ただしそのメモは、「確立された期待」ドクトリンの先例の根拠を示しておらず、また、「確立された期待」の性質についても詳述していない。
例えば、Stewart氏が言及しているのが、特許の本質的な有効性に関する「確立された期待」なのか、あるいは特許の有効性が争われないという「確立された期待」なのかは不明である。
6月から7月にかけて、Stewart氏と副審判長代行のKalyan Deshpande氏は、特許権者の「確立された期待」に言及した決定を113件出した。(著者調べ)
6月18日、Dabico Airport Solutions Inc. v. AXA Power Aps事件では、Stewart氏は「期待がいつ確立されるかについての明確な基準はない」としつつ、一般的には「特許の存続期間が長いほど、期待はより確立されているべきだ」と述べた。 [1]
明確な基準がないにもかかわらず、Stewart氏は、特許が登録後6年を経過すると特許権者は強い「確立された期待」を持つようになると一貫して判断してきた。
裁量的却下の113件の決定のうち、71件は登録後6年以上の特許を対象としていた。そのうち90%(71件中64件)で、Stewart氏は少なくとも一部は特許権者の強い「確立された期待」に基づき、申立を裁量的に却下した。
彼女は、強い「確立された期待」が形成される事実上の6年という期間を、6年の法定損害賠償期間に類推して導き出したように見える。[2]
もっとも、6年経過後に「確立された期待」があるという事実上の推定は、いくつかの事件では覆されている。これらの事件は、特許権者に「確立された期待」がない可能性がある理由をいくつか示している。

    ・Embody Inc. v. Lifenet Health(6月26日決定)では、当該特許は特許ファミリーの一部で、6年未満の関連特許が存在した。 [3]
    ・ Globus Medical Inc. v. Spinelogik Inc(6月12日決定)では、維持年金の不納により当該特許が失効していた。 [4]
    ・ Eusung Global Corp. v. Hydrafacial LLC(7月10日決定)では、審査中の重大な誤りの後に当該特許が発行されていた。 [5]
    ・ Shenzen Tuozhu Technology Co. Ltd. v. Stratasys Inc.(7月17日決定)では、特許権者は当該特許に投資や商業化を図っていなかった。 [6]

実証分析
Stewart氏による特許権者の強い「確立された期待」への依拠を実証的に分析するため、Lex Machinaを用いて2012年以降に提出されたIPR申立のデータを収集し、これらの手続が特許権者の「確立された期待」の証拠を示しているかを検証した。
IPR手続のデータは、特許権者が6年経過した特許は争われないという期待を形成するのは不合理であったことを示している。
2012年以降に提出された17,515件のIPR申立のうち、8,166件は登録後6年以上の特許に対するものだった。 [7] IPRの対象となった特許の年齢分布を以下の図に示す。

図 1 IPR申立数

上記のとおり、2012年以降のIPRで対象となった特許の46.6%が登録後6年以上である。実際、IPRで対象となった特許の平均年齢は6.7年を超えている。
データはまた、登録後6年以上の請求項が日常的に無効とされていることも示している。6年以上の特許に対する8,166件の申立のうち、2,269件が最終書面決定に至った。[8]
2,269件の最終書面決定のうち、1,861件(82%)で少なくとも1つの請求項が取消された。少なくとも1つの請求項が取消となる申立の割合は、以下の図が示すとおり、争われた特許の年齢にかかわらず安定していた。

図 2 IPRによって少なくとも1つのクレームが取り消された割合

したがって、IPR手続の今までの流れに基づけば、特許権者が合理的な「確立された期待」を持ち得るとは考えにくい。本分析での「確立された期待」とは、(1)特許が6年経過後には争われないという期待、または(2)争われたとしても「請求項が有効であった期間の長さ」に基づいて請求項が有効と認められるという期待の両方を指す。
むしろ、特許権者は、特許の年齢にかかわらず特許がIPRの対象となり、請求項が無効とされることを合理的に予期し得る。
このような状況、すなわち、実証データが歴史的にあらゆる年齢の特許がIPRで争われ無効とされてきたことが裏付けられている状況では、特許権者の仮説的な強い「確立された期待」を根拠としてIPR申立を裁量的に却下することは正当化されない。

Jonathan R. DeFosse
Sheppard Mullin Richter & Hampton LLP. パートナー

 

Samuel Smith
Sheppard Mullin アソシエイト

 

笠井 謙蔵
NGB IP総研 研究員

 

Timothy Cremen
Sheppard Mullin 上席弁護士

 

折田 裕二
NGB IP総研 所長

 

 

本記事に記載された見解は著者個人のものであり、必ずしも著者の雇用主、そのクライアント、Portfolio Media Inc., 、またはそれらの関連会社の見解を反映するものではございません。本記事は一般的な情報提供を目的としており、法的助言を意図したものではなく、また法的助言として解釈されるべきものではございません。

参考文献
[1] Dabico Airport Solutions Inc. v. AXA Power Aps, IPR2025-00408, Paper 21 at 3 (Acting Dir. Stewart June 18, 2025).
[2] See Dabico, IPR2025-00408 at 3 (“The approach aligns with other approaches to settled expectations and incentives, for example, for filing infringement lawsuits. Cf. 35 U.S.C. § 286 (‘Except as otherwise provided by law, no recovery shall be had for any infringement committed more than six years prior to the filing of the complaint or counterclaim for infringement in the action.’)”).
[3] See Embody, Inc. v. Lifenet Health, IPR2025-00248, Paper 13 at 3 (Acting Dir. Stewart June 26, 2025).
[4] Globus Medical, Inc. v. Spinelogik, Inc., IPR2025-00225, Paper 8 at 2 (Acting Dir. Stewart June 12, 2025).
[5] See e.g., Eusung Global Corp. v. Hydrafacial LLC, IPR2025-00445, Paper 14 at 2 (Acting Dir. Stewart July 10, 2025).
[6] Shenzen Tuozhu Tech. Co., LTD v. Stratasys Inc., IPR2025-00531, Paper 10 at 3 (Acting Dir. Stewart July 17, 2025).
[7] 2012年9月16日から2025年7月23日までのIPRを分析対象とした。
[8] さらに、データは、歴史的に見て、審理開始の決定において、6年以上存続している特許に対して偏りがないことを示している。2012年以降、登録からの期間が6年未満の特許を対象とした審理の20.1%が却下された。これに対し、登録からの期間が6年を超える特許を対象とした審理で却下されたのはわずか17.9%であった。

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