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2005.02.03

野崎篤志

【Cases & Trends】社員のものか、会社のものか? – 従業員が自宅で作成したデータ編集物の所有権

従業員が仕事中に得た業務関連データを自宅に持ち帰り、データベースを作る。これが業務上非常に役立つもので、この従業員は大いに活用していた。この成果もあり、業績も順調に拡大していたわけですが、会社との条件面での交渉がこじれ、この従業員が退職することになった。そこで問題となったのが、このデータベースは一体従業員のものなのか、会社のものなのかということ。よく生じうる出来事だと思いますが、これはまさに「古くて新しい問題」といえるのでしょうか? 事例豊富で、もはや事件が起こる余地ないほど法が確立されているだろう、と思うアメリカでも、未だにこの種の事件は頻繁に起こっています。

ということで、今回は、インディアナ州で争われた事件をご紹介いたします(Northern Electric Co. v. Torma, Ind.Ct.App., 12/13/04)。

背景事実

原告Northern Electric Company, Inc.(「ノーザン・エレクトリック」)は、インディアナ州サウスベンドの家族経営電気モーター修理店であり、約30人の従業員がいる。同社は、1980年代にサーボモーターの修理サービスを開始した。

被告Patrick L. Torma Jr.(「トーマ」)は、1990年にノーザン・エレクトリックに雇われた。1990年代半ばには、自らの申し出によりサーボモーター修理サービス部門の責任者となる。トーマによるサーボモーター担当期間中、サーボモーター修理サービスはかなり成長し、トーマがノーザン・エレクトリックを去るときには同社全ビジネスの33%を占めていた。

この間トーマは、以前からの習慣として、モーター修理データをらせん綴じの手帳にまとめていた。トーマは、モーター修理の際に自ら確認した測定値や、他の従業員から集めた測定値のデータを収集した。さらに、メーカーや他のサーボモーター販売店の店員に直接コンタクトし、あるいはマニュアル、ノーザン・エレクトリックのサービス冊子、さまざまなインターネット・サイトから情報を入手した。サーボモーター部門の責任者として、トーマは、他の技術者に対しても同様の記録をとり、データを収集するよう指令した。このような情報の編集物は、ノーザン・エレクトリック顧客のサーボモーターを修理する上で非常に役に立った。

後にトーマは、これらのデータ編集物をらせん綴じの手帳ではなく、ワードプロセッサ・ファイルに入力し、さらに家庭にある自分のコンピューターとフロッピー・ディスク(後にCD-ROM)に保存し、毎日業務に使用した。トーマは、ノーザン・エレクトリックの従業員が特定のデータをコピーすることを認めたが、他の技術者にはいかなるアクセスも認めなかった。

2002年6月、トーマは報酬、職務に関する交渉で経営者と合意に達せず、ノーザン・エレクトリックを去った。ノーザン・エレクトリック側はトーマの退職前に、競業禁止契約を締結しようとしたが失敗に終わり、ノーザン・エレクトリック在職中に収集したデータの返還もトーマに拒否された。その後、トーマは、ノーザン・エレクトリックを去る前に自ら設立した競合サーボモーター修理会社Hy-Tech Automation Repair, Inc.(「ハイテック」)での業務を開始した。

2002年7月15日、ノーザン・エレクトリックは、トーマによるインディアナ州トレードシークレット法違反、横領、信認義務違反を主張して、トーマに対する暫定禁止命令(TRO)、仮差止め命令、永久差止め命令を求める訴えをインディアナ州St.ジョセフ上級裁判所に提訴した。即日ヒアリングを開始した同裁判所は、以下の行為をトーマに命じた。

– ノーザン・エレクトリック在職中に入手したすべてのプロトタイプをノーザン・エレクトリックへ返還すること、

– 在職中に開発したすべてのサーボモーター仕様書写しをノーザン・エレクトリックへ提出すること、

– トーマによる同仕様書の使用およびその使用によって得た経済的優位性について完全な記録を作成すること

その後裁判所では非陪審審理が開催され、2004年1月16日には、最終的にトーマを勝訴とする判決が下された。ノーザン・エレクトリックはこれを不服として、インディアナ州上訴裁判所に控訴した。

– 原判決破棄

判旨

(上記の背景事実に続き、判決文の記載は以下の構成をとっています。ここでは、本件の中心争点となった「I.B. 編集物に対する所有権」を主にご紹介します)
——————————————-
I. データ編集物
A. 審理基準
B. 編集物に対する所有権
C. トレードシークレット
1. 公知性
2. 秘密性を維持するための合理的措置
3. 不正流用/窃取
D. 横領
E. 信認義務
II. 弁護士費用
分析
結 論
——————————————–

B. 編集物に対する所有権

ノーザン・エレクトリックの主張は、「トーマはサーボモーター修理部門責任者としての職務の一環として、当該データを収集したのであるから、代理の法則に基づき、当該データ編集物は会社側の所有物といえる」というもの。一方、トーマは、「契約で別段の定めをしていない限り、価値ある情報の創作者は当該情報の所有者であり続ける」と主張する。

従業者が職場で収集した生データを、個人的時間を使って作成したデータ編集物は、その従業者の所有物となるのか否か、という問題はインディアナ州裁判所にとって先例のない争点を提起するもの(first impression case)。そこで、両当事者はいずれも、以下のとおり、リステートメントとインディアナ州以外の判例法を引用している。

・不正競争リステートメント(3d)第4条注釈e.

「代理の法理に基づき、雇用関係の過程において従業者が創作した価値ある情報の所有権について定めるルールが確立されている。契約による別段の定めがない限り、法は、発明またはアイディアに対する所有権は通常、それを考え出した者にあるとする。しかしながら、従業者に与えられた職務の産物としての価値ある情報については、たとえ当該情報が従業者の個人的知識、技量の応用の結果生じたものであっても、使用者が所有する」

[第397条注釈a:](代理リステートメント(2d))

ただし、発明目的で研究作業をするために雇われた場合、具体的契約規定がない場合でも、当該研究作業を通じて得られた特許性あるアイディアは、通常、使用者の所有となることが推量される。このことは、発明によって達成される特定の結果を得んがために雇われた場合、より明確となる。一方、自ら専門とする特定のラインで作業するというだけの目的で雇われた場合、かかる作業中になした発明が使用者に帰属するという推量は生じない。

注釈e.はさらにつぎの通り明言する:

「雇用関係の過程において創作された価値ある情報の所有権について定めるルールは、発明に適用される場合がもっとも多いが、このルールは、顧客リスト、マーケティング上のアイディア、その他の価値あるビジネス情報にも適用される。従業者が職務の一環としてかかる情報を収集、開発した場合、その情報は使用者の所有となる」

・ニューヨーク州最高裁判決 (Pullman Group,LLC. v. Prudential Insurance Co. of America (2001))

投資会社の従業者が、職務範囲内で創作した銀行取引関連のトレードシークレットについて、最初から使用者側が所有すると判示。

・フロリダ南部地区連邦地裁判決 (Merrill Lynch v. Hagerty (1992), aff’d, (11th Cir. 1993))

問題となった顧客リストは、自らの時間と費用を使って作成したのであるから、会社側は当該リストに対する法的権利を持たないとする従業者に対し、当該従業者が会社の電話、郵便、販促資料、社名、名声等を利用した事実がある以上、会社側は当該リスト開発に実質的かつ必須の貢献をしたため、法的な権利を有すると認定。

これらの判例は、明らかにリステートメントに基づき、従業者の立場と職務の範囲に焦点を当てている。しかも、従業者が実際に実行したか否かに関係なしに、「与えられた職務」が決定要素となっていることは明らかだ。

以上を踏まえ本件を検討してみれば、トーマが当該データ編集物を所有するという一審判決は誤りであったという確信をもてる。……所有権はトーマにあるという結論に達するにあたり、一審は、当該データ編集物がトーマの立場・職務の一部であることを暗に拒否したといえる。

しかし、トーマは、データ作成に費やした時間の95%は仕事中のものであること、またメモ帳に記載されたデータ自体はノーザン・エレクトリックに帰属するものであることを証言している。さらに、ノーザン・エレクトリックのリック・ミース副社長は、トーマとの会話の中で、当該データ編集物を会社のサーバに保存して、サーボモーター修理部門の全従業員に利用させる可能性について探ったことを証言している(トーマは、時間不足とコンピュータへの習熟度不足を理由にこの提案を拒否)。

以上のような事実があるにもかかわらず、トーマは、自らのデータ編集物が代理リステートメント第397条注釈a.の「発明」に該当すると主張しているのだ。すなわち、トーマはノーザン・エレクトリックの具体的な任命を受けることなく価値ある編集物を創作したのであるから、同編集物すべてについて、トーマが所有権を有するというのである。

この主張は受け入れられない。本件における問題は、サーボモーター情報の編集にかかわるアイディアや発明についてではなく、その編集物に使われた生データに対する所有権が争われているのである。証拠によれば、この生データがノーザン・エレクトリックでの修理作業中に得られたサーボモーターの測定値やマニュアルから集めた情報の結果物であることは明らかである。さらに、修理データを収集することは、業界の慣行となっており、かかるデータが売買されることさえある。トーマがこの生データをより包括的に編集したかもしれないという事実だけでは、リステートメント第397条が保護しようとしている想定外の発明や知的産物に該当するものとは到底いえない。

したがって、当裁判所としては、就業時間中に「生データを収穫」し、この後自らの時間を使って自宅のコンピュータで収穫データを編集しても、このデータを自分のものにすることはできない、というノーザン・エレクトリックの主張に同意する。……一審の結論は法に反するものであり、ノーザン・エレクトリックこそ、トーマが収集したデータの所有者であると判断する。

(渉外部・飯野)

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