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2005.08.01

野崎篤志

【Cases & Trends】米特許改革法案 (『2005年特許法』 H.R.2795) 背景および論点整理

1952年法以来、最大規模の改正といわれる米特許改革法案(H.R.2795『2005年特許法』)に対する議論が、本年6月8日の議会提出以降、活発になってきています。先願主義への移行、異議申立て制度、すべての係属出願の公開、損害賠償制限、侵害差止め要件厳格化等、改正内容は多岐にわたっており、改正案全貌を把握するのも一苦労です。そこで、今回はお薦めの資料をご紹介いたします。米議会調査局が7月15日に発表したリポートで、今回の特許法改革の背景、個別・全体的論点整理をコンパクトに提示してくれます。

以下、リポート冒頭のサマリーと目次、さらに個々の改正項目中、「先願主義移行」論点についてのみご紹介しますので、他の詳細はリポート原文を参照ください。

CRS Report for Congress “Patent Reform: Innovation Issues”
July 15, 2005 Congressional Research Service, The Library of Congress

要約

イノベーションにおける知的財産の重要性が増すにつれ、特許政策と特許改革案に対する議会の関心が高まってきた。特許を保有することは、経済成長へとつながる技術進歩へのインセンティブとみられている。しかしながら、特許に対する関心の高まりに伴い、現行制度の公正さと効果に関する懸念も浮き上がってきた。全米科学アカデミーや連邦取引委員会などによって最近行われたいくつかの研究では、現行特許制度に見出せる欠陥に対する改革が提言されている。一方、現行法に対する大幅な変更は不要であり、現行特許制度でも技術進歩への適応が可能、現に適応している、と主張する専門家もいる。

2005年6月に提出された「2005年特許法」(法案 H.R.2795)は、現行特許制度に大きな改革をもたらそうとするものである。この改正案中でも特に注目すべきは、先願主義(first-inventor-to-file)制度への移行、故意侵害および不公正行為という特許法原則に対する実体、方式両面における変更、付与後異議申立て手続、先使用権、全係属出願の特許付与前公開、が挙げられる。これらの改正案のなかには、すでに何年も前から特許界での議論の的になっているものもあれば、新たな提案もある。

この法案は、認可済み特許の質、特許訴訟の費用と複雑さ、米国特許法と他の主要国の法との調和、特許投機家による権利濫用のおそれ、個人発明家、大学、小規模団体の特許制度に対する特別なニーズといったいくつかの問題を扱っている。さらに、現行特許法は、発明の技術分野に関係なく、異なる種類の発明に対し概ね同一の基本ルールを適用しているものの、それぞれ異なった態様で異なった産業に影響を及ぼしていると広く考えられている。

法案H.R.2795の規定は、19世紀以降で最も包括的な米国特許制度改革になるといわれている。しかしながら、特許付与前公開、先使用権、異議申立てといった改正案の多くは、一定の限定された範囲内ですでに米国法で実施されている。これらの改正や他の改正(先願主義への移行、ベストモード要件の削除など)はまた、欧州、日本その他主要国において数十年にわたり実施されてきたプラクティスを反映するものでもある。

識者のなかには、これらの改正案が、特許権を弱め、必要とされるイノベーションへのインセンティブを減じるおそれがあると懸念する者もある。また、この規模の改正を同時に行うことは、特許制度に対する思慮深い進路を提供するものではないと考える者もある。したがって、特許改革は、議会をして、法的な、実用上の、そして政策上の困難な問題に直面せしめると同時に、長年米国経済におけるイノベーション促進エンジンと認められてきた法制度の変更(おそらく改善)の可能性へ立ち向かわせることになろう。

目次(Contents)

はじめに
特許およびイノベーション政策
・ 特許制度のメカニクス
・ イノベーション政策
現在の問題点および懸念事項
・ 特許の質
・ 訴訟コスト
・ 国際調和
・ 特許投機家による濫用のおそれ
・ 個人、大学、小規模団体の役割
・ 業界ごとに異なる特許の役割
特許改革法案
・ 先願主義
・ グレースピリオド
・ 第102条(c),(d),(f)項の廃止
・ 譲受人出願
・ ベストモード要件の廃止
・ 不公正行為
・ 係属出願の公開
・ 特許付与前情報提供
・ 継続出願
・ 先使用権
・ 差止め命令
・ 損害賠償制限
・ 故意侵害
・ 特許付与後異議申立て手続
まとめ

=>CRSリポート原文は米IPOホームページ( http://www.ipo.org/ )中の「Patent Reform」コーナーから入手できます。

先願主義(First Inventor to File)

提出された法案には、米国の特許優先性ルールを現行の「先発明主義」から、「先願主義」へ移行させることを含んでいる……(H.R.2795 §3)。
現在の先発明ルール下では、発明の優先性をめぐる争いの大多数が、米特許庁で行われる「インターフィアレンス」手続によって解決される。このインターフィアレンス手続は、複雑な行政手続であり、頻繁に生ずるものではない。ある統計によれば、特許全体の1%のうち、さらに4分の1以下がインターフィアレンス手続の対象になるという(Clifford A. Ulrich “The Patent Systems Harmonization Act of 1992: Conformity at What Price?” 16 New York Law School Journal of International and Comparative Law (1996) p.405)。ただし、この統計は誤解を招くおそれがある。なぜなら、インターフィアレンス手続には莫大な費用がかかるため、実際にこの手続が利用されるのは、商業上最も重要な発明に限られるからだ。

先発明主義支持者の見解 (*以下、ヘディングは筆者が加えたものです)

これまで米国特許界では、先発明主義と先願主義の利点比較において、広範な、時には感情的な議論が展開されてきた。現行の先発明主義支持者は、先願主義になれば、「出願レース」を促すことによる不衡平が生ずると主張する。彼らはまた、先願制度の影響として、拙速な出願による未成熟技術の開示が助長されることを懸念する。

先願主義支持者の見解

先願主義支持者の論拠は以下の通り。

先願制度を採用すれば、予め特定された発明の優先日を定めることができ、技術革新産業における法的安定性につながる。また、米特許庁のインターフィアレンス手続に付随する複雑さ、時間、費用の問題が軽減される。何年も前に行われた発明行為の日を証明する長いインターフィアレンス手続にはまり込むよりも、発明者は本来の技術革新活動にエネルギーを注ぐことが可能になる。しっかりと情報武装している米企業はすでに、外国での権利喪失という事態を回避するために、先願主義に則った取り組みを進めている。

個人発明家、小企業、大学への影響

先願主義移行の議論に際しては、これら当事者への影響が常に論争対象となってきた。
反対論者は、個人発明家や小企業は、大企業よりも資力その他のリソースが限られているため、迅速な特許出願をすることができない、という。これに対する反論としては、小規模団体の方が大企業より小回りがきくため、迅速な出願ができる。あるいは、仮出願制度を利用することにより、大きな出費・負担なしに優先権を確保することが可能、といったものがある。また、ジェラルド・モッシンホフ元特許庁長官の分析によれば、先発明制度は、大企業と比べ特に小企業等を有利にも不利にもするものではないことが示されている(Jerald J. Mossinghoff, “The U.S. First-to-Invent System Has Provided No Advantage to Small Entities” 84 Journal of the Patent and Trademark Office Society (2002), p.425)。

憲法論議-「特許条項」は先発明主義の根拠となるか

先発明主義か、先願主義かをめぐる議論において、しばしば合衆国憲法が引き合いに出される。憲法第1条第8節8項は、「発明者」に対し排他権を付与する(立法)権限を連邦議会に認めている。この条項によって、現行先発明制度の採用が示唆されている、おそらく命じられている、とする見解がある。他方、先願主義は、他者の発明を盗用した者ではなく、あくまで自ら発明を開発した者に特許を付与するものであるから、合衆国憲法下でも認められる制度である、という見解もある(Charles R.B. Marcedo, “First-to-File: Is American Adoption of the International Standard in Patent Law Worth the Price?” 18 American Intellectual Property Law Association Quarterly Journal (1990), p.193)。

後者の見解の有効性について判断するに際しては、確立された米国法の下では、実際の先発明者が常に特許を取得する権利を有するわけではないことを認識すべきだ。たとえば、実際の先発明者が、自らの発明について特許保護を求める前に長年トレードシークレットとして維持した場合、彼は当該発明を「放棄、隠蔽、または秘密に」したと判断される可能性がある。そのような場合、2番目の発明者が当該発明に対する特許を取得できる可能性がある。これについて裁判所は、この制定法上のルールは、発明者が、自らの発明を迅速に公開すること、あるいはそれを行った発明者に譲るよう促すことを狙いとしている、と説明してきた。先願ルールは、まさにこの長年にわたり適用されてきた法原則と同様の形で作用するため、憲法との抵触はないように思われる。

ここで留意すべきは、先願ルールの下では、他者の発明を盗用して最初の出願人となり、特許を受けることが認められていないということだ。すべての特許出願人は、他者に由来するものではなく、あくまで自らを起源とする発明を有していなければならない。この資格要件を担保するものとして、法案H.R.2795は、米特許庁が特定の発明についていずれの出願人が特許を受ける権利を有するかを判定するための「発明者の競合権利判定(inventor.s rights contests)」手続について定めている(H.R.2795, §3(i))。

(渉外部・飯野)

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