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2006.01.04

【Cases & Trends】トレードシークレット不正流用/守秘義務契約違反をめぐる外部発明者と企業の攻防

今回は、本IP最新情報コーナーでもしばしば紹介しているトレードシークレット事件、特に外部発明者から売り込みを受けた企業の対応をめぐって発生した事例を紹介いたします(Stratienko v. Cordis Corp., 6th Cir. 11/18/05)。外部発明者からの売込みに対する社内検討、結果的に売り込みを断った後の類似設計採用、それを知った外部発明者からの秘密情報窃取の訴え……、といったよくあるパターンではありますが、売り込み内容を検討する企業の社内方針の妥当性/遵守や、請求対象となるトレードシークレットへの「アクセス」と「類似性」要件の充足性判断など、参考にできる部分が含まれている事例だと思います。
[事件概要]
原告: アレクサンダー・A・ストラチエンコ — テネシー州在住の外科医。冠状動脈性心臓病患者の血管に挿入されるシース・カテーテル(sheath catheter)を発明。発明対象である統合シース・カテーテルは、患者の体に小さな穿刺孔をつくり、侵襲的処置の間に補助動作を提供することができる。
被告: コーディス社 — フロリダ州法人。ジョンソン&ジョンソン社の子会社

– 交渉経緯 –
1999.5.25   
Dr.ストラチエンコは、自ら発明したシース・カテーテルを売り込む書簡を、守秘義務契約を添付してコーディス社に送付。提供する情報がストラチエンコのトレードシークレットであることを明記

1999.8    
コーディス社事業開発部副部長であるウィリアム・シーセルは守秘義務契約に対する改訂案をDr.ストラチエンコ博士に送付 — 契約違反に対する救済と資料返還規定の一部削除を提案

1999.11  
守秘義務契約締結

1999.12.12   
Dr.ストラチエンコは、守秘義務契約締結後に出願した米国特許出願及びその明細書をシーセルに送付。シーセルは、Dr.ストラチエンコから送付された書類を法務部の社内弁護士ポール・コレッティとともに検討。

2000.1.17   
コーディス社は、Dr.ストラチエンコの提案を採用する意思がない旨をDr.ストラチエンコに回答

2000.4.7    
コーディス社は、統合シース・ガイド・カテーテルの製造承認を求めFDA(食品医薬品局)へ申請を提出 — FDAは4月28日に承認

– 訴訟経緯 –
2001.11.21
Dr.ストラチエンコは、コーディス社をテネシー州のハミルトン郡巡回裁判所に提訴

2002.1
コーディス社の申立てにより、事件をテネシー東部地区連邦地裁に移送
訴因:トレードシークレットの不正流用、横領、不当利得、守秘義務契約違反、テネシー州統一トレードシークレット法(Tennessee’s Uniform Trade Secret Act, Tenn.Code Ann.§§47-25-1701-1709)に基づくトレードシークレット窃取
* 上記を訴因とする本件は、州裁判所が本来的な管轄権を有するが、両当事者の州籍が異なるため、連邦裁判所が管轄権を有することができる。州籍相違管轄権(diversity jurisdiction)

2003.3
コーディス社、Dr.ストラチエンコの請求すべてについて略式判決(summary judgment)の申立て

2003.10
地裁命令: コーディス社の略式判決申立てを認容
理由:第6巡回区(テネシー州管轄)では、トレードシークレット不正流用事件において、当該トレードシークレットが使用されたことの直接的証拠が必要とされるが、Dr.ストラチエンコが提出したのは状況証拠のみ。使用の直接証拠がない以上、「他の誰とも当該トレードシークレット情報について話していない」というコーディス社従業員の証拠に反駁することができない。

Dr.ストラチエンコは、地裁命令を不服として第6巡回区連邦控訴裁に控訴。

[判 旨]

地裁命令を確認する。

略式判決は、重要な事実に関する真正の争点が存在せず、ゆえに(略式判決を求める)申立てをした当事者が法律上の問題として(事実審理を省略した)判決を受ける資格を有する場合にのみ認められる。申立て当事者が、重要な事実に関する真正の争点が存在しないことの立証責任を果たした場合、他方当事者は、真正の争点が存在することを示す証拠を提出しなければならない。本件においてコーディス社は申立て当事者としての立証責任を果たしており、Dr.ストラチエンコはこれに対する反証を挙げられなかったため、地裁の略式判決に誤りはない、と判断する。

1) 最初に、Dr.ストラチエンコは、地裁がコーディス社の従業員による宣誓書(シーセル事業開発部副部長および法務部のコレッティ弁護士による宣誓書。Dr.ストラチエンコの提供情報は社内の誰にも開示していないと主張)に依拠したことを不当であると主張する。しかしながら、利害関係を有する申立て当事者の従業員の証言は、誠実さに欠けることなく、弾劾されておらず、その信頼性に疑問がなく、かつ証言の正確性が争われていない限り、真実として受け入れられるべきことは、当第6巡回区の判例が示すところである。Almond v. ABB Indus.Sys.,Inc.(2003 WL 173640(6th Cir. Jan. 22, 2003))  したがって、問題は、地裁がコーディス社従業員の宣誓書を考慮することができるか否かでなく、これらの宣誓書に矛盾がないか否かということである。

Dr.ストラチエンコは、以下の事実によりシーセルとコレッティの証言は信頼性に欠けると主張する。

すなわち、(1)コーディス社は、社内方針に従っていなかった。(2)コレッティは、Dr.ストラチエンコの書類を保管した部屋に鍵をかけなかった。(3)コレッティは、Dr.ストラチエンコの提案を受けないことを決めた後の数週間、当該書類を保持していた。(4)コーディス社は、守秘義務契約に対する改訂を提案した。(5)コーディス社は、Dr.ストラチエンコの提案を受けないためのいくつかの理由を提示した。

しかし、これらの事実がシーセルとコレッティの証言の信頼性を損ねることはない。第1に、コーディス社は自社の方針に従っている。同社の方針によれば、外部からの提案は「新事業開発部門、新製品戦略部門、法務部門および、より関与の度合いを低くして研究開発部門の幹部メンバーによって検討される」、こととしている。コーディス社の方針によれば、さらに「本方針の目的は、当社の革新的エンジニアリング・タレントの蓄積を外部のアイデアにさらす事態を最小限に抑え、当社の内部発明に対する利益を保護することにある」としている。新事業開発部門の副部長であるシーセルと法務部門の弁護士であるコレッティは、この方針に従ってDr.ストラチエンコの提案を検討したのであり、社内方針がこの両者以外の者による検討を認めているからといって、これ以外の者が検討したという証拠となるわけではない。

次に、Dr.ストラチエンコは、コレッティが当該書類を施錠していない部屋に保管したというが、コレッティが言っているのは、鍵をかけていたか否か定かではないということだ。鍵がかけられていなかった可能性のある部屋で当該書類が盗まれた、あるいは誰かに見られたかもしれないわずかな可能性があるというだけで、当該書類を誰にも見せていないというコレッティの証言が弾劾されるわけではない……。 
 
2) 地裁は、テネシー州法下での、トレードシークレット不正流用に対する4要因を正確に示した。すなわち、(1)トレードシークレットの存在、(2)当該トレードシークレットが信頼関係にある段階で被告に伝達されたこと、(3)被告が伝達されたトレードシークレット情報を使用したこと、(4)その結果、原告が不利益を被ったこと。

本件における争点は、このうち第3の要因に係る。

地裁は、トレードシークレット不正流用事件においては直接証拠が必要というが、一方で、両当事者の設計の類似性および被告による原告設計へのアクセスという状況証拠によって、被告によるトレードシークレット使用が推量されるとする強い議論もある。当第6巡回区にはこの問題を扱った事例はないが、他の巡回区ではトレードシークレット事件において実際にかかる状況証拠を採用しているところもある。……これらの判例によれば、トレードシークレット事件における使用の状況証拠としては、(1)被告が当該秘密情報にアクセスしたこと、および(2)当該秘密情報と被告の設計が類似する特徴を有すること、が証明されれば足りる。

このような「アクセス」と「類似性」の証拠による使用の推量は、「不正流用や盗用は説得力ある直接証拠によって証明されることが稀である」だけに、妥当であるといえる。何でも直接的に否定する被告側証人に直面する原告は、「事実認定者の推量を導く、おそらくは曖昧な状況証拠の網」を構築することが要求される……。被告となる企業が自らの使用を証明する直接証拠を保管しておくことはまずないであろうから、直接証拠を原告に要求すれば、ほとんどのトレードシークレット請求は陪審審理まで到達する道を閉ざされることになろう。

本件において、Dr.ストラチエンコは、コーディス社のアクセスについては十分な証拠を提出できたと仮定する。コーディス社の宣誓書は、問題となるカテーテルを開発した当事者であるコーディス社が当該秘密情報にアクセスしたことを示している。Dr.ストラチエンコに対し、特定の発明者または設計者によるアクセスを示すよう要求することは行き過ぎであろう……。

しかしながらDr.ストラチエンコは、類似性について、略式判決申立てに抗するだけの証拠を示すことができなかった。Dr.ストラチエンコが提出した証拠は、コーディス社装置の新規な特徴のどの部分がDr.ストラチエンコの装置と類似しているかを特定していない。また、Dr.ストラチエンコが提出した専門家証言も、両者の装置が重要な特徴部分において類似していることを結論的に述べているに過ぎず、いかなる特徴部分が保護を求めている秘密情報であるかを明らかにしていない。……Dr.ストラチエンコの装置が従来技術に対して有する優位性の証拠がない以上、合理的陪審に状況から使用の事実を推量させる基盤が存在しないことになる。よって、Dr.ストラチエンコは、コーディス社によるトレードシークレットの使用における重要な事実に関する真正の争点が存在することを示すに足る証拠を提出できなかったといえる。

……以上の理由により、地裁による略式判決を確認する。

(渉外部・飯野)

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