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2012.12.25

特許情報から見た振動発電

 自然界にあるエネルギー(光や熱、振動、電波など)を電気エネルギーに変換し、機器などの電源として活用する技術は環境発電と称される。エネルギーとして、光(室内照明光)、熱(廃熱や人間の体温)、振動(道路の振動)、電磁波(携帯電話基地局から発せられる電波)などが利用できる。環境からエネルギーを得るため、エネルギー・ハーベスト(Energy Harvest)とも称される。環境発電で得られる現状の電力はμW~mWオーダーである(*1)。これではパソコンや携帯電話の電源には不向きだが、小型の電子部品や電子機器の電源としてなら利用可能である(*2)。

 すでに実用化されている環境発電として、ビル照明の点灯/消灯用リモコンスイッチがある。照明用リモコンスイッチには、照明器具に点灯や消灯の指示を伝えるための電力が必要である。通常の照明リモコンスイッチは電池を必要とするが、人のスイッチを押す圧力を電力に変換して利用することも可能である。欧州では、ビル照明スイッチの小電力無線化を推進するEnOcean製システムの採用が進んでいる。さらには、照度センサーと連携した照明制御、温度センサーや湿度センサーのデータに基づく空調制御、人感センサーで在室者の有無を検出して機器のオン/オフ制御といった、システムの導入もすでに始まっている(*3)。

 EnOcean はSiemensが2001年にスピンオフさせた企業であり、EnOceanの振動発電は、1995年以降にSiemensで開発された技術に基づく。EnOceanの事業開発の歴史を振り返ると、2003年にはビルディング用の第1世代製品を、2006年には第2世代製品を、それぞれ発売している。2008年には、システム制御用無線通信技術の国際標準規格化を目指したEnOcean Allianceを結成している。2010年には40を超えるパテントファミリーを保有し、数10万のビルに製品が採用されるまでに事業を拡大している。そして、150社を超える企業へのOEM供給や450を超える最終製品をもつまでに成長し、第三世代の製品を紹介するまでになっている(*4)。
 2012年4月、EnOceanは機器間無線通信規格「EnOcean」が、国際標準規格「ISO/IEC 14543-3-10」として採択されたことを発表した。(*5)また、EnOceanは自社保有特許番号を公開しているが、Siemens時代に出願されたものや最近の出願特許は含まれていない(*6)。EnOceanは2001年にSiemensからのスピンオフ後、順調に事業拡大を進めているため、特許出願件数は多く、ビル照明用リモコンから小型機器向け事業への展開を狙っている。

振動発電の実証実験
 歩行者の床踏みによる振動発電は、さまざまな国/場所で実証実験が行われている(*7)。既に日本では、振動発電が組み込まれた床材が販売されており、発電床の耐久性は、一般的床材並みの5年から10年が想定されている(*8)。首都高速道路桜橋では、2007年12月から、振動発電が橋の照明に利用されているが、5年を経過した現在でもメンテナンスなしに稼動している(*9)。
 しかしながら、ただ単に既設道路に埋め込むような単純な設置形態では、振動発電機そのものの振動耐久性が課題として浮かび上がっており(*10)、振動発電機の設置場所に工夫が必要なことが分かる。

センサーへの応用
 今後の振動発電の用途として期待されるセンサーへの応用も始まっている。まだ実証段階のものだが、「構造ヘルスモニタリング(SHM:Structural Health Monitoring)」がある。「構造ヘルスモニタリング」とは、人手による構造物(道路、橋梁、トンネルなどの点検の手間やコストを減らすために、多数のセンサーを構造物に設置し、その歪みや傾き、温度などをセンシングすることで、劣化状況の判断をするシステムである(*11)。

 スイスには、2007年6月開通の世界最長(全長34.6km)鉄道専用レッチュベルクベーストンネル(Lötschberg-Basistunnel)がある。このトンネルで、最高時速250kmの高速列車が走行する枕木の振動での発電を利用する、「自立型構造ヘルスモニタリングシステム」の実証実験が行われた。列車通過時の振動で発電された電力は、キャパシタに蓄えられ、センシングに使われる(*12)。このまま実用化へと進めば、振動パターンの解析による、鉄道運行安全管理への発展が期待される。

 米国では、2007年のミネアポリス(Minneapolis)での橋の崩落事故以来、古い橋梁の維持管理の必要性が注目されている。日本でも、高度経済成長期に造られた橋梁、高速道路、トンネルなどの社会インフラの老朽化が進み、その寿命を延ばすために必要な損傷評価の重要性が指摘されている。橋梁のメンテナンスを担う、「構造ヘルスモニタリング」の実現には、センサー(橋梁ヘルスモニタリング用の計測機器:歪み、傾き、加速度、変形、亀裂、温度など)、キャパシタ(電力蓄積用)、無線送信回路(見通し通信距離が良好な方式の採用)、それらを機能させる電力が必要になる(*13)。この電力を振動発電で得る試みもある(*14)。先日(2012年12月2日)のトンネル崩落事故を受け、このような技術も着目されるようになると思われる。

電池駆動システムでは困難な分野への応用
 そして振動発電は、従来の電池駆動システムでは困難な分野への応用を広げつつある。
 振動発電を使ったセンサーの用途としては、輸送機器用センサーや自動車のタイヤの空気圧モニタリング、ヘルスケア分野での生体データのモニタリングなどへの応用が検討されている。これらのうち、輸送機器用センサー市場は特に有望であり、いくつかの事例を示すことができる。

 ハーネス(車内配線)は乗用車で3km程度、ヘリコプターでは20km、大型旅客機では100kmを超えるとされ、車体の軽量化を妨げている。そこで、センサー、制御系との無線チップ、環境発電マイクロデバイスが一体化されたシステムが実現されれば、配線重量の大幅な低減が可能となり、重量とコストの低減に繋がると同時に、車両設計自由度も向上する(*15)。

 米国ではTREAD法(Transportation Recall Enhancement Accountability and Document Act)の成立で、2007年9月以降販売の乗用車には、タイヤ空気圧モニタリングシステム(TMPS: Tire Pressure Monitoring System)の装着が義務づけられた。この法規化は世界に広がりつつある。EU27ヶ国では2012年11月以降販売の新車に法的規制が課せられ、韓国でも2013年1月に法的規制が開始される。法的規制の遅れている中国でも、2013年~2014年に法的規制が開始されるとの予測もある。TPMSは、自動車の安全・安心の実現と、地球温暖化防止に貢献する環境配慮製品として注目され、今後の市場拡大が見込まれる(*16)。

 自動車のタイヤの空気圧モニタリングシステムは、タイヤの空気圧が基準値を下回ると警報を出す仕組みである。センサーはタイヤに装着する必要があり、ケーブルでの電力供給はできない。そこで、電源としてタイヤの振動による発電が極めて有効な手段になる。世界の年間新車販売台数は7000万台程度あり、タイヤ内の振動で発電するマイクロ振動発電機を必要とする有望市場である(*17)。

 そこで、Energy Harvestの概念に関わる特許に注目し、それらに付与されている特許分類を用いて、特許出願状況を俯瞰した結果を表1にまとめた。

 表1における欧州特許分類(ECLA)の付与状況から、米国や欧州、日本ではTMPS(タイヤ空気圧モニタリングシステム)を対象とする振動技術の特許出願が行われていることが分かる。今回用いた検索式では、TitleやClaims、Abstractにおいて、Energy Harvestを標榜していない特許は含まれないので、実際の件数はさらに多いと推察される。

センシングネットワーク実現の可能性
 振動発電は、従来の電池駆動システムでは困難であった、センシングネットワークを実現する可能性がある。振動発電とセンサーや無線通信回路との組み合わせにおいては
  ・微弱な電力でも駆動が可能な場合
  ・電力配線が困難な場合
  ・センサーが多数である場合
  ・人が近づき難い場所にセンサーが設置される場合
などにおいて、微弱振動が期待できる環境下では、振動発電は有力な電力源候補になる。

 センサーや無線通信回路に振動発電を用いる際の課題は、得られるエネルギーの不安定性である。照明用のリモコンスイッチでは、押した時だけ供給すればよいため、必要時の電力不足の心配はない。しかし、モニタリング用センサーでは、定期的センシング情報は無線回路を介して送信する必要がある。必要なときに十分な電力が得られなければ問題となるため、蓄電池やキャパシタとの組み合わせが必要になる。既にセンサーとの組み合わせが可能なレベルの薄型電池の開発も進んでいる(*18)。

 振動発電などの環境発電で得られる電力はμW~mWオーダーと小さいため、組み合わせる蓄電素子には自己放電や充放電繰り返し劣化の少ないことが求められる。そして、用途がウェアラブル機器であれば、ストレッチャブルであることが必要になる。このような条件を満たす蓄電素子として、キャパシタも候補になる。

 環境発電で得られるエネルギーの不安定性解消策として、ワイヤレス給電も注目される。耐水性インクジェット紙に銀微粒子インクで印刷するだけで、電波を電力に変換するアンテナと通信用回路を作製する技術(*19)など、低コストで電波を電力に変えるデバイスを作製する要素技術開発も進められている。

 環境発電で未利用のエネルギーを活用して発電し、不足分をワイヤレス給電で補完することも試みられている(*20)。他の技術と組み合せで、センサーへの安定的な電力供給が可能になれば、これまで電力供給の困難からリアルタイムのセンシングができなかったケースでも、よりリアルタイムに近いセンシングが実現できる。道路や橋の構造ヘルスモニタリングでは、劣化状況の定期的監視だけでなく、損傷発生時の状況把握も可能になる。そして、有線電力供給や頻繁な電池交換が難しい場所でも、センシングが可能になる。さらには、電力消費量が大きく、現状では頻繁な電池交換が必要なヘルスケア機器でも、連続的なセンシングが可能になる。

 ワイヤレスセンサーネットワークを通じて様々なデータを収集し、より高度なサービスを提供する取り組みが始まっている(Smart City、Smart Houseなどでも、ワイヤレスセンサーネットワークが必要となる)。しかし、大量のエネルギー供給を前提とするワイヤレスセンサーネットワークの構築は容認されず、廃棄電池の大量排出や環境に負荷を与える社会インフラ構築であってはならない。
 こうした課題が解消された「自立的ワイヤレスセンサーネットワーク」の構築には、究極の省エネを実現する環境発電が必要不可欠である。

 このような技術開発状況を理解すると、Appleの特許出願にも注目すべきものがある。2012年9月21日、日本など9ヶ国/地域でAppleから「iPhone5」が発売されたが、その前日の9月20日にAppleの振動発電に関わる米国公開特許が公開された(*21)。これは今すぐに「iPhoneシリーズ」に使われるものではなく、将来製品への布石と推察されるが、「自立型センサーネットワーク時代」の到来を想定した特許出願と見ることもできる。

(IP総研)

*1) 環境発電で得られる電力
J.A. Paradiso and T. Starner, IEEE Pervasive Computing, 4, 18 (2005)
鈴木雄二, 電気学会誌, 128, 435(2008)
*2) 既にあるソーラー電卓やソーラー腕時計を環境発電の先駆け製品と捉えることもできる。
*3) EnOceanのビルディングオートメーション技術紹介
http://www.enocean.com/en/building-automation/
http://www.netcorp.co.jp/common/pdf/products/EnOceanTechnology2009.pdf
*4) EnOceanの沿革
http://media.ivam.de/mikrotechnik-11/pdf/07_1450_EnOcean.pdf
*5) EnOcean無線規格の国際標準化
http://www.enocean.com/en/enocean-wireless-technology-is-international-standard/
*6) EnOcean保有特許番号の紹介
http://www.enocean.com/en/patents/
*7) 床踏み振動発電の実証実験事例紹介
http://www.nationalgeographic.co.jp/news/news_article.php?file_id=20120521002&expand#title
*8) http://www.sawadalab.se.shibaura-it.ac.jp/kankyo_system/event/event2011/kougai2011/data/pdf/r08073.pdf
振動発電機が組み込まれた床材が販売されている。開発元によれば、200万回の繰り返しテストにも耐え、200kgの重量にも耐えたという。
*9) 振動発電の照明への利用(首都高速道路桜橋)
http://www.sawadalab.se.shibaura-it.ac.jp/kankyo_system/event/event2011/kougai2011/data/pdf/r08073.pdf
*10) 車道での振動発実証実験 (Tauw and the University of Twente:2012年2月13日)
http://www.utwente.nl/en/archive/2012/02/generating_electricity_from_vibrations_in_road_surface_works.doc/
*11) 構造ヘルスモニタリングシステム
http://www.nilim.go.jp/lab/ieg/tasedai/shiryou/100223_2_4_4.pdf
*12) トンネル内での構造ヘルスモニタリングシステムの実証実験
http://phys.org/news/2011-08-vibrations-power-tunnels.html
トンネル内には、太陽光が入りこまず、温度差はなく、電波も届かないため、環境エネルギー源は、鉄道の車両が通過するときの振動だけの状況。鉄道用の通電された架線や、照明・送風用の電源配線は設置されている。最大発電量が得られるのは、レール上に発電機を設置したときだが、レールに亀裂が入るリスクがあるので、設置が容易な枕木に振動発電機を設置。
*13) 橋梁ヘルスモニタリングシステムの実証実験(米国University of MarylandのDr.Mehdi Kalantariが橋梁モニタリングのための自立型無線センサーノードを開発)
http://www.gizmag.com/wireless-bridge-sensor/19380/?utm_source=Gizmag+Subscribers&utm_campaign=d496aef9ea-UA-2235360-4&utm_medium=email
*14)  振動発電を橋梁ヘルスモニタリングシステムに利用
http://www.mydigitalpublication.com/publication/?i=86451 (23ページ記事を参照)
*15) 車体軽量化の社会的要請とその現状
http://monoist.atmarkit.co.jp/mn/articles/1205/31/news001.html
*16) TPMS(Tire Pressure Monitoring System)の法的規制化に関わる世界動向
http://www.meti.go.jp/committee/materials2/downloadfiles/g90126b09j.pdf
    http://www.multivu.com/assets/56623/documents/56623-japanese-original.pdf
*17) TMPS(Tire Pressure Monitoring System)への振動発電の応用
http://www.thtlab.t.u-tokyo.ac.jp/Doc/ysuzuki_IEEJ.pdf
*18)  プリンタブルエレクトロニクスで得られる薄型蓄電池
http://monoist.atmarkit.co.jp/mn/articles/1203/21/news005_4.html
*19) 耐水性IJ用紙の上に形成されたアンテナと通信用回路(米国Georgia Institute of Technology)
http://gtresearchnews.gatech.edu/device-captures-ambient-energy/
*20) 静電誘導型振動発電とワイヤレス給電を組み合わせる試み(米国Los Alamos National Laboratory)
http://proceedings.spiedigitallibrary.org/article.aspx?articleid=1313639
*21) Appleの振動発電特許
米国公開特許20120235510 “Harnessing Power through electromagnetic Induction Utilizing Printed Coils” (Apple)
http://www.patentlyapple.com/patently-apple/2012/09/apple-tries-to-harness-power-through-electromagnetic-induction.html
http://appft.uspto.gov/netacgi/nph-Parser?Sect1=PTO1&Sect2=HITOFF&d=PG01&p=1&u=%2Fnetahtml%2FPTO%2Fsrchnum.html&r=1&f=G&l=50&s1=%2220120235510%22.PGNR.&OS=DN/20120235510&RS=DN/20120235510
表1 主要な国/地域へのEnergy Harvest特許出願状況

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