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2014.01.21

【Cases & Trends】 トロール対策法案が米国下院本会議をスピード通過

本コーナーでも昨年ご紹介したとおり(http://www.ngb.co.jp/ip_articles/detail/945.html)、いわゆる「パテント・トロール」問題が米国で深刻化しています。この問題に対処すべく、2013年6月には、オバマ大統領がトロール対策宣言を発表し(7件の立法措置を要求、5件の行政措置を提案)、これと前後して、米議会では同年中に上下両院で計6本のトロール対策法案が提出されました。
今回はその中でも本命視されている法案 “Innovation Act”(H.R.3309) についてご紹介します。Goodlatte下院議員によって2013年10月23日に提出されたInnovation Act法案は、それまでに提出されていた同種法案のすべての項目を集約した内容になっており、提出後1ヶ月半足らずの2013年12月5日には下院本会議を通過しました。
トロール対策法案とはいえ、特許法などの条項をトロールという特定当事者に限定して改正することは困難なため(そもそもトロールの定義自体が流動的)、その「副作用」により広くアメリカのイノベーションが委縮することになりかねない、という懸念の声も少なくありません。問題の多い法案といえるようですが、少なくともこれを見ることにより、現在論じられている権利濫用/訴訟濫用問題について概観することはできると思います。
以下、下院共和党が運営するウェブサイトの”Legislative DIGEST”によるH.R.3309レポートに基づき本法案の骨子と趣旨・背景をご紹介します。(http://www.gop.gov/bill/113/1/hr3309)
*レポート中、「パテント・トロール」と「特許権主張組織(Patent Assertion Entities: PAE)」という名称が混在していますが、特に使い分けはされていないようです。最近、政府や議会、学会のレポートでは、NPEよりもPAEという語の方がよく使われています。
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H.R.3309 – Innovation Act 法案 第113議会(2013-2014)
提出者: Bob Goodlatte下院議員(共和党)* 下院司法委議長

審議状況: 2013年10月23日 法案提出
2013年12月5日 下院本会議通過
2013年12月9日 上院司法委回付

法案構成:
・ 特許侵害訴訟(sec.3)
・ 特許所有権の透明性(sec.4)
・ 対顧客訴訟の例外(sec.5)
・ 司法会議(Judicial Conference)の提言を実施するための手続きと運用(sec.6)
・ 中小企業の教育、支援、情報アクセス(sec.7)
・ 特許の取引、質、審査に関する研究(sec.8)
・ Leahy-Smith アメリカ発明法(AIA)の改良および技術的修正(sec.9)

規定内容:
– 特許侵害訴訟関連 –

・ 訴答書面における情報開示強化 (Heightened initial pleading requirements): 
特許侵害を申し立てる当事者は、現行の冒頭開示要件より詳細な情報の開示が(訴答書面において)要求される。 … 侵害申立ての対象となる特許およびクレームの特定、どのような形で侵害されているかの具体的陳述など。

・ 訴訟費用負担の転嫁 (Fee shifting):
法に基づく正当な訴えでないと認定された場合、勝訴した当事者(被告)の訴訟費用や弁護士費用が敗訴当事者の負担とされる。

・ 当事者の併合 (Joinder provision):
敗訴当事者が「特許権主張組織(patent assertion entity)」であり、勝訴当事者への費用負担責任を負えない場合、裁判所は敗訴当事者の利害関係者(親会社など)を当事者併合し、費用負担責任を負わせることができる。

・ 特許訴訟におけるディスカバリー(Discovery in patent cases):
侵害請求について検討する前にクレーム文言の解釈について判断する必要があると裁判所が決定した場合、裁判所は、クレーム解釈が行われるまでの開示手続き内容を限定することができる。

– 所有者/権利関係の透明性 –
特許侵害を申し立てる訴状を提出した原告は、裁判所、相手方当事者および特許庁に対し、当該特許に関する基礎情報を提供しなければならない。この基礎情報には、特許権の譲受人、譲受人の親会社、当該特許のサブライセンス権や訴権をもつ組織、当該特許に金銭的利害関係をもつ組織が含まれる。この情報は、特許の存続期間中は更新されなければならない。

– 対顧客訴訟の例外 –
製造者の顧客に対して提起された訴訟においては、製造者が訴訟に参加し、製造者と顧客の合意があれば、この参加手続きの間、顧客に対する訴訟は停止されることを可能とする。

法案提出の背景:
伝統的に特許権者は、自らの特許技術を侵害する製造者に対し権利主張をしてきたが、なかには特許権主張組織(Patent Assertion Entities: PAE)に自らの特許を売却する者もいる。PAEは、自ら製品を作らずに他者の特許を購入して権利行使する。PAEは、侵害をする大企業に対し小規模発明者の特許権を主張することで小規模発明者を守ることもできるが、最近では、濫用的な特許訴訟 - 「パテント・トローリング」 - がはびこるようになった。すなわち、質に問題があり、定義の曖昧な特許を買い取って権利主張し、ライセンス料を獲得することだけを目的とするようなPAEも多く出現している。
2011年に制定されたアメリカ発明法(AIA)は、アメリカの特許法に根本的な修正をもたらすものであった。AIA制定過程では、濫用的特許訴訟の問題も協議されたが、最終的にはこの問題を標的とした実質的改正は含まれなかった。パテントトロールは、しばしば「要求書(demand letters)」という形で、曖昧な言い回しを使い、侵害行為に対する訴訟提起の脅威を与える。最近行われた議会公聴会の証言では、パテント・トローリングの犠牲者にとってのひとつの課題が明らかにされた。すなわち、「侵害主張対象のクレームと、問題とされている製品部分の特徴が認識できない以上、防御に着手すること自体困難」ということだ。
訴訟開始時に必要情報を訴状で提示できないと、訴訟手続きは遅延し、双方の当事者にとって非効率と遅延をもたらすことになる。
いまやパテントトロールは、大企業だけでなく中小企業もターゲットにしつつある。2013年3月に議会公聴会で示された証言によれば、「最近強い批判を受けている特許訴訟のやり方とは、侵害(主張)製品や部品の直接のメーカーやプロバイダーに対するのではなく、アセンブラー、販売代理店、小売店などに提起するもの」。 悪名高い以下の事例がこの実態をよく示している。
「”Wi-Fi”として知られる無線インターネット・アクセス方式を提供する装置のユーザーに特許権を主張するというのが、そのPAEの計画だった。問題の特許がそのPAEに譲渡されるまでには、その特許は広くコンペティターにもクロスライセンスされており、権利期間も満了に近づいていた。さらに前の特許所有者は、すべての希望者に対し公正かつ合理的条件でライセンスを供与するという義務を負っていた」 「そのPAE - 訴訟提起の脅迫を盛り込んだ13,000通の書簡を送付していた - のターゲットには、非営利団体、地方・州政府、中小企業、小児科医院、コーヒーショップ、カフェ、レストラン、コンビニエンスストアなどが含まれていた。これらの団体は、…自分の敷地内でWi-Fiを提供して … いたためにターゲットになった。その装置のいくつかは、前特許所有者がすでに認めていた広いライセンスに含まれるものもあったが、そのPAEはこの事実を伝えずに、……2週間以内に敷地ごとに2000ドルまたは3000ドルを支払わないならば、訴訟を提起され、数千ページもの文書を検討する弁護士を雇わざるを得なくなる、とターゲット(彼らがこの無線装置に費やした費用はせいぜい40ドルであっただろう)に告げたのである。
本法案(H.R. 3309)は、メーカー側が顧客に提起された訴訟に参加することを認め、メーカー側の訴訟手続きが進められている間に顧客の訴訟手続きを停止させることにより、このようなパターンに対処するものである。
2013年4月の公聴会ではさらに産業界の証人が、冒頭開示手続と早期の事件管理を強化することの必要性を以下のように証言した。「クレーム発明を自ら実施しない原告は、相互的なディスカバリ責任を負わないこともしばしばで、被告側へのディスカバリ要求において制約を感じることが少ない。また、電子的に保存される情報が増加するに伴い(この情報は負荷の高いディスカバリ要求のターゲットになりやすい)、訴訟費用は高騰し、被告は和解への道を余儀なくされることとなる。 ある企業によれば、「我々が収集した電子文書は1000万枚を超えた。収集費用 - 弁護士がこれを検討して、必要書類を提出するための費用を除く ― は、約150万ドルだった。こうして収集された文書のうち、事実審理の場でおそらく証拠として許容されるものとしてリストされたのは、0.00183%に過ぎなかった!」
「特許訴訟は非常にお金がかかる。訴額が100万ドルから2500万ドルの訴訟における平均的訴訟費用は、ディスカバリまでで160万ドル、事実審理まで行くと280万ドルにおよぶ。……新興企業などはとりわけ影響を受けやすい。新興企業は重要な雇用創出源であるが、トロールによる要求は、彼らの雇用能力に深刻な影響を及ぼし、彼らの製品を変更させ、特定の事業を閉鎖させることもある……。」
濫用的特許訴訟は、中小企業の行動様式を変えつつある。「押し寄せるパテントトロールの波に応じ、我々もビジネスのやり方を変えた。例えば、かつて我々は小規模な発明者から技術のライセンスを得ることを検討した。……しかしいま、これを考え直さないといけない。……パテントトロールによる権利主張が発生したときに、若い発明者や新興企業が我々を防御し、免責するだけの力をもっていないことを懸念せざるをえないのだ。これはイノベーション全般において不幸な事態である」

(IP総研所長 飯野昇司)

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