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2017.04.20

【Cases & Trends】 最新判例紹介:米連邦最高裁が特許侵害に対する「ラッチェス」抗弁を廃止する判決

いま米国では、今年度の連邦最高裁が扱う重要特許事件の審理がピークを迎えています。
2017年3月21日には、権利消尽論をめぐるImpression Products, Inc. v. Lexmark International, Inc.事件*の口頭弁論が開催され、翌週の3月27日には、特許訴訟の裁判管轄(土地管轄)をめぐるTC Heartland LLC v. Kraft Food Brands Group LLC事件の口頭弁論が行われました。いずれも、多くの企業・団体・個人から最高裁に意見書(amicus brief)が提出されている注目事件であり、2017年6月までには判決が出ることが見込まれています。

*Lexmark事件のCAFC大法廷判決(Lexmark Int’l Inc. v. Impression Prods., Inc. (Fed.Cir. 2/12/2016 en banc))については昨年の本コーナー記事ご参照ください(『速報! 権利消尽をめぐるLexmark事件CAFC大法廷判決 – 条件付き販売法理と国内消尽を維持』)。

さて今回は、最高裁の判決が最近下されたばかりの特許事件について紹介します。特許侵害訴訟に対する抗弁として提起される「ラッチェス」(laches)法理の有効性について判断されたものです。(SCA Hygiene Products Aktieblog v. First Quality Baby Products, 3/21/2017)

筆者としては、「ラッチェス」ということばには懐かしさを覚えます。アメリカの特許事件・判例紹介をし始めた頃(1980年代!)、ラッチェスということばに出会い、英米法辞典で調べると「懈怠」という訳語が出ていました。
— 「自らの権利を行使しようとせず、『権利の上にあぐらをかく』ことで適切な時期に権利行使を行わなかった者を救済しないという衡平法上の法理(equitable doctrine of laches)」(*当時の英米法辞典が手元にないのでウィキペディアを参照しました)— 最初は「懈怠(けたい)」と読むこと自体できませんでした。

いずれにせよ、「特許権者から侵害警告状が届いたため、被疑侵害者(alleged infringer)が反論の手紙を出したところ、特許権者からの連絡が途絶えた。そこで、もはや権利主張はあきらめたものと判断し、被疑侵害者側は相当の投資をして問題製品の製造・販売を続けた数年後になって、損害賠償を求める侵害訴訟が特許権者から提起された……」 おおよそ、このような事案においてラッチェス抗弁が提起されていたと思います。

今回、このラッチェス抗弁が連邦最高裁判断の対象となり、特許侵害への損害賠償請求に対する抗弁としての適格性が否定されたということです。3/21付の判決文から事案概要、判決骨子を紹介します。

[事案の概要]
上告請求人SCA Hygiene Products(“SCA”)は、成人失禁用製品を製造、販売している。2003年10月、SCAは被上告請求人First Quality Baby Products(“First Quality”)に対し、同社の製品がSCAの特許USP 6,375,646B1を侵害していると主張する書簡を送付した。これに対しFirst Qualityは、SCAの’646特許はFirst Qualityが保有する特許USP5,415,649号により無効になる、と反論した。この反論に対するSCA側の返答はなく、First Qualityは自社製品の開発と販売を継続した。

翌2004年7月、SCAは、First Qualityの‘649特許に照らし自社の’646特許の有効性が維持されるか否かの判断を求め、米特許庁に再審査を請求した。SCAは再審査請求の事実をFirst Qualityには知らせていない。3年後の2007年3月、特許庁は’646特許の有効性を確認する再審査証明書を発行した。

2010年8月、SCAはFirst Qualityに対し本件特許侵害訴訟をケンタッキー西部地区連邦地裁に提起した。SCAの訴訟に対し、First Qualityは、ラッチェスおよび衡平法上のエストッペル(laches and equitable estoppel)の法理に基づく略式判決(summary judgment)を申し立てた。地裁はラッチェス、エストッペルいずれについてもFirst Qualityの申立てを認容した。

これを不服としたSCAは連邦巡回区控訴裁(CAFC)に控訴したが、この後、CAFC判決が下される前に、ラッチェス抗弁について扱った連邦最高裁判決が下された。(Petrella v. Metro-Goldwyn-Mayer, Inc.(572 U.S. (2014)) Petrella事件は特許ではなく著作権の事件ではあるが、著作権法における出訴期限内に提起された損害賠償請求とラッチェス抗弁の関係を扱うものであった。Petrella事件において、最高裁は、著作権法が定める3年の出訴期限内に提起された損害賠償請求を、ラッチェスの法理によって阻止することはできない、と判断した。

本件控訴を受けたCAFCは、Petrella最高裁判決には従わず、CAFC自身の判例であるA.C.Aukerman Co. v. R.L. Chaides Constr. Co.判決(960 F.2d 1090 (1992) en banc.)に従い、SCAの損害賠償請求はラッチェス法理に基づき阻止されると判断した。この判断に対しては、その後CAFC全判事で再審理(大法廷審理)を行い、6対5の多数決で改めてAukerman判決を踏襲することが決定された。
これを不服としたSCAは最高裁に上告請求をし、最高裁はこれを受理した(certiorari granted(2016))。

[最高裁判決]
本件では、著作権事件であるPetrella事件において当裁判所が示した判決理由が、特許法の類似規定(35 U.S.C. §286)にも当てはまるか否かが問われた。当裁判所は、当てはまる、と判断する。
すなわち、特許法第286条の定める6年の出訴期限内で提起された損害賠償請求に対しては、ラッチェス抗弁を提起することはできない、と判断する。(以下略)

——————————

最高裁によれば、特許法も著作権法も、権利者が救済を請求する適切なタイミングについて、議会が制定法で定めている。すなわち、著作権法は「請求事項が発生した後3年以内」を出訴期限と定め(17 USC 507(b))、特許法は「…特許侵害の訴え(または反訴)の提起前6年を超える時期になされた侵害行為に対しては、回復が得られない」として6年の出訴期限を定めている(35 USC 286)。この期限の範囲内でなされた行為に対し、ラッチェスという衡平法上の法理で制限することは、立法権限に対する司法の越権行為になりかねない、と指摘したのです。

[この最高裁判決が意味すること]
この判決は、Lexmark権利消尽事件やTC Heartland土地管轄事件と比べ、そのインパクトはそれほど大きくないと指摘されています。そもそもラッチェス抗弁が利用されることは少なく、これを主張しても認められることは少ないということです。

ただ、本件被告(被上告請求人)First Qualityが主張し、本判決に対し唯一反対意見を提出したBreyer判事も強調した、次の懸念には注意する必要がありそうです。

すなわち、特許法における出訴期限法は他の出訴期限法とは別物だ、ということ。他の出訴期限法(消滅時効)は、請求対象事項が発生してから3年以内…というように将来に向かって作用します(“runs forward from the date a cause of action accrues”)。しかし、特許法の場合、侵害訴訟を提起する前の6年より前は請求できず、逆にいえば、提訴前6年以内の行為に対して請求できる。すなわち特許法の事項は、過去にさかのぼって作用する(“runs backward from the time of suit”)のです。

特許権者によっては、被疑侵害者の行為を知りながら、すぐに提訴することはせず、侵害規模が大きくなるまで、6年、10年、あるいは20年の間、権利行使をせずに待つ。規模が大きくなったところで過去6年分の損害賠償を請求する分には、特許法上の出訴期限内であるため認められるという理屈です。このような事態を避けるために衡平法上のラッチェスという抗弁が認められているはずだ、というのがFirst QualityおよびBreyer判事の考えですが認められませんでした。「ラッチェスがだめでも、エストッペルという衡平法上の救済が利用できる」との声もありますが、ラッチェスよりも証明のハードルが高いようです。

なお、今回の最高裁判決中、「ラッチェス抗弁を適用することが『立法権限に対する司法の越権行為』になりかねない」という趣旨のことばがありますが、これを皮肉って、「Alice判決では特許法第101条の規定に反する特許適格性制限を平気で設けたくせに、最高裁はよく言うよ」的な批判もあります。

さまざまなコメントが寄せられている本判決の原文に関心のある読者は、こちらをどうぞ。
=> https://www.supremecourt.gov/opinions/16pdf/15-927_6j37.pdf

(営業推進部 飯野)

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