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2023.04.11

営業推進部 飯野

【Cases & Trends】米CAFC最新判決:IPRエストッペル適用における判断基準と証明責任

久々にIPR(Inter Partes Review)に関する判例を紹介します。2011年成立のアメリカ発明法(AIA)により新設されたIPR制度は、米国特許訴訟のあり方を変えたといわれるほど定着し、頻繁に利用される一方で、法解釈や適用をめぐる多くの論争が生じ、判例法も構築されている最中といえます。
今回は、最近米国弁護士や法学教授が「極めて重要」とコメントしている、米巡回控訴裁判所(CAFC)の最新判決を紹介します。IPRという特許庁での特許有効性チャレンジで主張した無効理由を、連邦地裁(またはITC)という別の場で再び用いて争うことを禁ずる「IPRエストッペル」について争った事件です。(Ironburg Inventions Ltd. v. Valve Corp., Fed.Cir. 4/3/2023)
*CAFC判決では特許の有効性や侵害、故意侵害認定に基づく増額賠償などの争点も扱われていますが(いずれも地裁判断を支持)、ここではIPRエストッペル争点についてのみ紹介します。

【事案の概要】
原告Ironburg Inventions Ltd.(「Ironburg」)は、ビデオゲームコンソール用のコントローラに関する米国特許第8,641,525号(「’525特許」)を保有している。2015年12月3日、IronburgはValve Corp.が販売するコントローラが ‘525特許を侵害するとして、Valveをジョージア北部地区連邦地裁に提訴した。
これに対しValveは、’525特許のInter Partes Review (IPR)を米特許庁に申請。2016年9月27日、特許庁審判部(PTAB)は申請の一部についてIPRを開始(institute)することを決定した。*このときはSAS Institute v. Iancu最高裁判決(2018)前であり、部分的IPRが可能だった。
PTABは、提示された5つの無効理由のうち3つに基づきIPRを開始したが、他の2つの理由に基づく開始はしなかった(「開始対象とならなかった無効理由」(Non-Instituted Grounds))。2017年9月に最終審決書が発行され、一部クレームが取り消された。その後最高裁により下されたSAS判決は、PTABが「開始対象とならなかった無効理由」について検討することを可能にするものだが、ValveはSAS判決に基づき審決差戻しを求めることはしなかった。

ジョージア地裁での侵害訴訟はその後ワシントン西部地区連邦地裁に移送され、手続きが進められた。2021年1月開始予定の陪審審理を前に、Ironburgは、Valveが主張する以下の無効理由に対し、特許法315条(e)(2)に基づくIPRエストッペル(禁反言)を適用するよう地裁に申し立てた。
(1)「開始対象とならなかった無効理由」
(2)Valve自身のIPR申請後に第三者が申請したIPRに基づいてValveが見出した無効理由(「申請で主張していない無効理由」(Non-Petitioned Grounds))。
地裁は、いずれの無効理由に対してもエストッペルの適用を認めた。

2021年2月1日、陪審はValveによる故意侵害を認定し、4,019,533.93ドルの損害賠償額を認めた。Valveは評決を不服として、法律上の問題としての判決または再審理を申し立てたが却下された。一方Ironburgは賠償額の増額を求めたが却下された。両当事者共に地裁命令を不服として、CAFCに控訴した。

【判決要旨】
– 「開始対象とならなかった無効理由」に対するエストッペル適用を認めた地裁命令を支持する。
– 「申請で主張していない無効理由」に対するエストッペル適用を認めた地裁命令を破棄し、差し戻す。

米国特許法第315条(e)(2)は、最終審決書に至ったIPRの申請人または利害関係者は、連邦裁判所における民事訴訟やITCの337条手続きにおいて、「IPR手続きにおいて主張された、または合理的に主張しえたであろう理由(any ground that the petitioner raised or reasonably could have raised during the inter partes review)」に基づき、当該特許クレームの無効を主張することができない、と定めている。

1)「開始対象とならなかった無効理由」に対するエストッペル適用について
本件において「開始対象とならなかった無効理由(2件の先行技術)」は明らかにIPR申請に含まれていた。すなわち、「IPR手続きにおいて(during the inter partes review)主張された」無効理由である。
「IPR手続きとは、開始決定の後に始まるもの」とValveは主張するが、そうではない。…… 当裁判所は、IPR申請において主張することができたであろういかなる理由も、「IPR手続きにおいて」合理的に主張できたであろう理由に当たると結論している(Cal.Inst.of Tech. v. Broadcom Ltd., 25 F.4th 976, 991)。
また、Valveも認めている通り、SAS最高裁判決が出た後、ValveはPTAB審決の差戻しを求める機会があったものの、それを選択しなかった。PTABの誤りを是正しないままにしておくというValveの選択は、IPR申請で主張した無効理由に対するエストッペル適用を除外するものではない。
ゆえに、「開始対象とならなかった無効理由」にエストッペルを適用した地裁命令を支持する。

2)「申請で主張していない無効理由」に対するエストッペル適用について
– 判断基準 –
最初に、当裁判所はこれまで、IPR申請において主張していない無効理由に対するエストッペル適用の判断基準について十分に扱っていない。そこで、本件地裁は、同様の問題に対し他の地裁が採用した「熟練サーチャー」基準 — 入念な調査を行う熟練のサーチャー(skilled searcher conducting a diligent search)であれば合理的に見出したであろうことが予期される無効理由を、「IPR手続きにおいて、…合理的に主張しえたであろう無効理由」とする — を採用した。 本件両当事者ともにこの基準の採用に同意している。
当裁判所も、「熟練サーチャー」基準は315条(e)(2)の要件に沿うものと考える。…ゆえに、法の他の条件が満たされるのであれば、入念な調査を行う熟練のサーチャーが合理的に見出したであろうことが予期される無効理由に対し、315条(e)(2)に基づくエストッペルが適用されるものと結論する。

– 証明責任 –
本件地裁は、熟練サーチャー基準に基づく証明責任がIPR申請人にあるのか、特許権者にあるのかという問題に対し明示的に扱っていない。ただし、地裁の命令理由には、特許の有効性にチャレンジする当事者として、Valve側に証明責任があるとする考えが示されている。
これに対しValveは、エストッペルを主張することにより利益を受ける当事者として、特許権者側に証明責任があると主張し、この立場をとる複数の地裁判決を示した。
当裁判所はValveの主張に同意する。入念な調査を行う熟練のサーチャーが当該無効理由を見出したであろうことを、証拠の優越(preponderance of the evidence)基準により証明する責任は、IPRエストッペルという積極抗弁の利益を求める特許権者側にある。

Ironburgは、特許無効を主張する側は弁護士・依頼者間秘匿特権を根拠に自身の調査内容の詳細を保護しようとすることが多いので、特許権者側に証明責任を課すべきではない、と反論する。この主張には同意できない。確かに地裁は秘匿特権問題に直面することになるかもしれないが、これは特許訴訟において特異なことではなく、地裁はいかなるケースにおいてもこれを解決できる。熟練したサーチャーが何を見出すであろうかという問題は、最終的には、通常の技量を有するサーチャーが合理的注意(reasonable diligence)を通じて何を見出すであろうか(would find)という問題であり、現実のサーチャーがいかなるレベルの注意を通じてであれ実際に何を見出したか(did find)という問題ではないのである。
したがって、Valveが自身のIPR申請において ‘525特許の無効理由として主張していなかった2件の先行技術を、入念な調査を行う熟練のサーチャーであれば合理的に見出したであろうことを証拠の優越によって証明する責任は、Ironburg側にある。
地裁はこの証明責任をIronburg側でなくValve側に課したため、地裁命令を破棄し、Ironburg側に証明責任を課すよう事件を地裁に差し戻す。

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なお、特許法第315条(e)(2)でいう「IPR手続きにおいて(during the inter partes review)」が、IPR申請も含むのか、本件Valveが主張したように「開始決定(institution decision)の後」なのかという論点については、現在、Apple Inc. v. California Institute of Technology事件において本件同様の判断を下したCAFC判決に対し最高裁への上告請求がなされています (2022.9.2 Petition for a writ of certiorari filed.)。この上告請求が受理されるか否か、まだ決定されていませんが、本年1月に最高裁が合衆国訟務長官に意見書の提出を要請しているだけに、受理される可能性が高いとみられています。

CAFC判決原文
⇒ https://cafc.uscourts.gov/opinions-orders/21-2296.OPINION.4-3-2023_2104462.pdf

 

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