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2025.09.05

特許部 中辻 啓

【意匠ニュース】米国意匠 包袋禁反言(審査履歴ディスクレーマー)を適用

米国連邦巡回控訴裁判所(CAFC)は、Top Brand LLC v. Cozy Comfort Company LLC事件*1において、意匠出願審査中に拒絶理由解消のために行われた議論は権利範囲の放棄(審査履歴ディスクレーマー)を構成しうるという判断を示した。

<意匠出願審査と登録意匠>
Cozy Comfortはアウターウェアについて意匠出願を行った(29/617,421)。出願意匠の一部の図面を以下に示す。同社の製品The ComfyはHP*2などもご参照。

出願図面を引用

この意匠出願の審査*3では引例White (D728,900)に基づく新規性拒絶が適用された。これに対してCozy ComfortはWhiteとの差異となる特徴を3つ(A. ポケットの幅と形状、B. 袖の大きさと位置、C. 底縁の傾き)挙げ、これによって出願意匠とWhiteとは実質的に同じでなく異なる印象を与えるとの反論を行い、当該意匠出願は登録された(D859,788)。

<事件の背景>
Cozy Comfortは、当該登録意匠を侵害しているフード付きトレーナーをTop Brandが販売していると権利主張を行った。これに対してTop Brandは地方裁判所に非侵害確認訴訟を提起し、この意匠権の侵害有無が争われた。地方裁判所(一審)では陪審裁判を経て、Cozy Comfortの主張する意匠権侵害が認めらたが、Top Barndはこの侵害判断は不当であるとしてCAFCに控訴していた。

<CAFC判断の概要>
CAFCは、まず意匠においても特許と同様に、審査履歴ディスクレーマーにより権利範囲が放棄されうると判断した。この際、審査履歴ディスクレーマーは、特許庁に提示された補正または反論により構成されるとした特許の先例、および、意匠における補正によるディスクレーマーで権利範囲の放棄を認めた先例としてPacific Coast事件*4を参照した。そして、意匠に関してもPacific Coast事件で認められた補正によるディスクレーマーと同様に、本件のような審査中の反論によってもディスクレーマー、すなわち権利範囲の放棄がなされうると判断した。

次に、登録意匠と被疑製品が通常の観察者(ordinary observer)に同じ全体印象を与えるか?という侵害判断の問いに対して、審査中に放棄した権利範囲を考慮する必要があり、Cozy Comfortは放棄した権利範囲に基づく類似性に依拠できないと説明した。

具体的に、審査中で反論に用いられた主張(の一部)と、被疑製品の対比を以下に示す。CAFCはこれらの特徴については、被疑製品は登録意匠よりむしろWhiteに似ており、被疑製品はCozy Comfortが審査中にWhiteと異なると主張したことにより放棄した範囲に含まれると判断した。

* 判決文中の図面・写真に基づき作成

そして、登録意匠と被疑製品は、多くの点で審査中にディスクレームされた特徴において類似しているが、これらは2つのデザインの類否判断で考慮することは許されず、Cozy Comfortはこれ以外の類似点を侵害の主張で行わなかったとCAFCは説明した。

最後に、CAFCは古い特徴であってもその組み合わせによって被疑製品は登録意匠と同一の外観を呈し、侵害が肯定される場合があると述べるも、今回Cozy Comfortはそのような議論は行っていない点を指摘した。

そして、一審の陪審裁判はこのディスクレーマーを考慮しておらず、誤った権利解釈に基づく侵害判断であり、ディスクレーマーを考慮した適切な権利解釈によれば、非侵害という唯一の結論しか得られないとCAFCは判断した。

なお、Cozy Comfortは、Whiteは一審の中でも先行技術として考慮されており、これに基づき陪審員は適切に侵害判断を行っていると主張したが、CAFCはこれを認めず、権利放棄を考慮した適切な権利解釈の下では侵害は認められないと結論付けた。

<まとめ>
特許では、引例拒絶を解消するために本願発明を特徴づける議論がその権利範囲に影響を与え、一定の権利範囲を放棄しうることはよく知られている。この点、意匠でも同様の放棄は概念的には考えられるが、意匠権の侵害判断はあくまで全体の比較であり、特定の権利範囲を放棄するとは観念し難い気もする。

今回のCAFC判決では、具体的な事例の中で、審査の中で引例意匠との差別化の議論を行うことで、権利範囲の放棄がなされ、この放棄が侵害判断の中でどのように取り扱われるかが確認された。2024年のLKQ事件以来、先行技術に基づく拒絶理由が増加している中*5、本願と先行技術の違いを主張する場面が増えている。意匠の審査でも必要以上に本願意匠を特徴づける主張は、意図しない権利範囲の放棄となってしまうことに注意が必要であることが改めて確認された。

参考文献
1. Top Banrd v Cozy Comfort Appeal No. 2024-2191
2. Cozy Comfort HP https://thecomfy.com/
3. US D859,788審査包袋
4. 弊社Pacific Coast事件解説 https://www.ngb.co.jp/resource/news/2974/
5. 弊社取り扱い案件に基づく(2024/5以前と以後の先行技術に基づく拒絶発生の案件の比較)。

 

中辻 啓
弁理士 米国パテントエージェント合格
米国・中国での駐在経験を活かし、電気・機械分野の特許/意匠の権利化や模倣品対策、交渉などの係争について海外での豊富な実績を持つ。欧州異議案件のスペシャリストとしても社内外から信頼を寄せられる存在。

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