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2026.01.29
営業推進部 飯野
2025年10月9日、米国のNPEであるOnesta IP LLCが独BMWによる特許侵害を主張して独ミュンヘン地裁に提訴しました。標題に掲げた通り、この訴訟では米国特許侵害が主張されているため、「ドイツで米国特許侵害訴訟とは…」と、提訴直後から広い注目を集めています。
前例のない突飛な訴訟ではありましたが、ある程度予想されていたことでもありました。欧州では2025年2月に下された欧州司法裁判所(Court of Justice of the European Union: CJEU)の「BSH判決」以降、とりわけ欧州統一特許裁判所(UPC)がUPC協定加盟国外の欧州特許(英国、スイス、トルコなど)に対しても管轄の手を伸ばす「ロングアーム管轄(long-arm jurisdiction)」を認める判断が相次いでいますが、BSH判決の影響は必ずしも欧州特許に限定されたものでなく、日米中などの特許にも及びうると指摘されていたのです。
そこで今回は、この注目ドイツ訴訟およびその管轄権の根拠とされたCJEUのBSH判決、さらにドイツ訴訟に対抗して2025年12月にBMWが米国で提起した訴訟およびASI(外国訴訟差止め命令)申立ての概要を紹介したいと思います。
[米NPEによるドイツ訴訟]*1)
原告:Onesta IP LLP (米法人)
被告:BAYERISCHE MOTOREN WERKE AKTIENGESELLSCHAFT:BMW(独法人)
対象特許:EP2473920, USP8,854,381; 8,443,209 (Advanced Micro Devicesから購入)
事件番号:21 O 13056/25, 21 O 12768/25, 21 O 13057/25
*それぞれの特許につき1件の訴訟が提起されている。
裁判所:ミュンヘン第一地方裁判所
提訴日:2025.10.9
原告Onestaの主張
– BMWがBMW i4を含む同社製車両にOnestaの特許対象プロセッサ技術を使用するヘッドユニットを搭載し、米国に輸出する行為は、Onestaのドイツ(EP)特許および米国特許を侵害する。
– CJEUが2025年2月に下したBSH判決に基づき、米国特許権の侵害についてもミュンヘン地裁が判断する管轄権を有する。
[CJEUのBSH判決]
BSH Hausgeraete GmbH v. Electrolux AB (3-339/22, CJEU判決 2025.2.25) *2
事実背景
2020年2月、独法人BSHは、同社が保有するEP1434512号の有効化10カ国(ドイツ、ギリシャ、スペイン、フランス、イタリア、オランダ、オーストリア、スウェーデン、英国、トルコ)すべてを対象とする侵害訴訟をスウェーデン国内裁判所に提起。被告Electrolux(スウェーデン法人)は、スウェーデン以外の各国EPについても有効性が争われているため、スウェーデン国内裁判所が各国EPすべての侵害訴訟を審理することはできないと主張した。一審は被告の主張を認め管轄権がないとしたが、二審のスウェーデン控訴裁判所はEU加盟国間の国際裁判管轄の判断をCJEUに付託した。
EU加盟国間の民事商事事件における管轄と判決の承認執行に関する規則(EU) No.1215/2012(ブリュッセルIbis規則) の第4条(1)および第24条(4)は、以下のように規定している。
・第4条(1) 「EU加盟国に住所(domicile)をもつ者は、その国籍に関係なく当該加盟国の裁判所に提訴される」(管轄の原則:被告住所地管轄)
・第24条(4) 「特許…の有効性に関する手続きにおいては、その争点が無効訴訟または侵害抗弁で提起されたかにかかわらず、当該特許を付与/有効化した加盟国の裁判所が専属的管轄権を有する」
争点
規則第4条(1)の原則的規定に対する第24条(4)の例外は、以下のように解釈すべきか。
・「第4条(1)に基づき、他加盟国に付与/有効化された特許の侵害訴訟を受理した被告住所地の加盟国裁判所は、被告が抗弁として当該特許の有効性を争っていてもなお、管轄権を有する」と解釈されるべきか。
・「第24条(4)は第三国に対しても適用される。すなわち、本件についていえば、欧州特許が有効化されたトルコの裁判所に専属管轄権が認められる」と解釈されるべきか。
CJEUの判断
規則第24条(4)は次のように解釈されなければならない。
・他の加盟国で付与された特許の侵害訴訟を、規則第4条(1)に基づき受理した被告住所地の加盟国裁判所は、被告が当該侵害訴訟の抗弁として特許無効を主張している場合であっても、当該侵害訴訟を審理する管轄権を有する。一方で当該他の加盟国裁判所は有効性について判断する専属管轄権を有する。侵害訴訟を提起された加盟国裁判所が、他の加盟国により係争特許が無効と宣言される合理的で無視できない蓋然性が存在すると判断する場合、当該侵害裁判所は、有効性に関する他の加盟国裁判所の判断を侵害判断において考慮すべく、自らの手続きを停止することができる。
・規則第24条(4)は第三国の裁判所には適用されない。当該第三国により付与または有効化された特許の有効性について判断する管轄権を当該第三国裁判所に与えるものではない。当該第三国により付与または有効化された特許の侵害訴訟であって、その抗弁として特許の有効性が争われている訴訟を同規則第4条(1)に基づき加盟国裁判所が受理した場合、当該加盟国裁判所は、同規則第4条(1)に基づき、当該抗弁について判断する管轄権を有する。この場合の有効性判断は、当該第三国特許の存続や内容に影響を及ぼすようなものではなく、当該第三国の登録簿を修正するようなものとはならない。
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BSH判決が下されるまで支配的な判例であったGAT v. LuK判決(C-4/03)(CJEU 2006)により、規則第4条(1)に基づき侵害訴訟を受理した加盟国裁判所は、他加盟国により付与/有効化された特許の有効性が争われると管轄権を失い、侵害訴訟の却下(または停止)を余儀なくされていました。BSH判決は侵害裁判所が管轄権を維持できることを明確にしました。
BSH判決はEU加盟国裁判所の侵害訴訟管轄に関するものでしたが、これを受けて真っ先に管轄の手を伸ばしたのがUPCでした。規則(第71a条〜第71c条)により、UPCはEU加盟国の「共通裁判所(common court)」としてEU加盟国裁判所と同等の管轄権を付与されているため、「BSH判決に基づき」自らの広い管轄権を正当化していきました*3。(なお、BSH判決前の2025年1月には、UPCのデュッセルドルフ地方部がFUJIFILM v. Kodak事件において、規則24条(4)を上記BSH判決と同様に解釈し、欧州特許のドイツパートだけでなく英国パートについても侵害訴訟の審理をする管轄権があることを認めています。*4)
BSH判決は、有効性が争われている他国の特許について、「EU加盟国内の他国」と「EU加盟国外の他国(「第三国」))に分けて判示しています(第三国の特許有効性争点については侵害裁判所が判断する管轄権を有する。ただし第三国特許の内容・範囲に影響を及ぼすような対世効をもつものでなく、当事者間の相対効とされる)が、この「第三国」には「EU加盟国外のEPC加盟国」といった制限は明記されておらず、日米欧なども含まれうるということがBSH判決直後から指摘されていました。このような状況下で、BSH判決から約8カ月後、上記の通り米国特許にまで管轄の手を伸ばす訴訟が米国NPE(Onesta IP)によって提起されたわけです。
BMWは早速これに対抗する訴訟を米国で提起しています。
[BMWによる米国訴訟]
2025年12月15日、BMWがOnesta IPをテキサス西部地区連邦地裁に提訴しました。BMWは、ドイツ訴訟の対象となった米国特許の権利濫用、非侵害、無効の確認判決を請求。同時にドイツ訴訟に対する停止命令を求めるTRO(暫定禁止命令)およびASI(Anti-suit injunction 外国訴訟差止め命令)申立てを提出しています(BMW v. Onesta IP LLC, WDTX filed 12/15/2025, 25cv581) 。
申立てにおいてBMWは、米国特許について判断する権限は米国裁判所のみが有すること、ドイツで裁判をすればディスカバリ―制度や陪審裁判を受ける権利など米国特許保有者が享受する権利を奪われることになる、などを主張しています。これに対しOnestaは、ドイツ企業の行為をドイツの裁判所が裁くことの正当性、さらにはBSH判決により米国特許権者がひとつの裁判所で欧州特許と一括して権利行使できる手段を獲得したのに、これを放棄させるとは不当である、といった旨の反論をしています。
テキサス西部地裁は申立て翌日の12月16日にTROを認め、2026年1月13日に開催した口頭弁論の当日にASIを口頭で認めています(その後、OnestaはASIの執行停止申立てで対抗)。
BMW v. Onesta訴訟ではさらに、BSH判決における「第三国」の解釈も論争点となっています(BMWは、「第三国」とはあくまでEU加盟国外のEPC加盟国であり、米国まで含むものではないと主張)。この論争がいつ、どう決着するかはわかりませんが、少なくとも現在、欧州を震源地として国際特許訴訟がかなり複雑化しつつあり、欧州域外の企業にとってもいつ欧州からロングアームが伸びてくるか、あるいは、欧州関連会社が「いかり(アンカー)」となってEU外の自社までUPC訴訟に引き込まれるか(注3Dyson v. Deame参照) など、これまでにない状況が発生する可能性は否定できません。
引き続き欧州発ロングアーム管轄の展開を追跡し、この場で紹介したいと思います。
注:
1)ミュンヘン地裁に提起された訴訟の概要は、テキサス西部地区連邦地裁での訴訟(BMW v. Onesta IP)提出書類で確認できた情報や、専門家によるレポートで得られた情報に基づきます(例えば、Mathieu Klos “NPE asserts US patents against BMW in Munich” JUVE Patent 11/5/2025; Olivia Sophie Rafferty “Eastern District of Munich: Onesta sues BMW in Munich I Regional Court over two U.S. and one European former AMD patents” ip fray 10/30/2025)
2)判決原文: https://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/PDF/?uri=CELEX:62022CJ0339
3)例えば、IMC Creations v. Mul-T-Lock France (パリ地方部 2025.3.21)(UP17カ国に加えスペイン(EU加盟国だがUPC協定未署名)、英国,スイス(いずれもEU非加盟国)のEP侵害請求に対する管轄権を認めた)(判決原文:https://www.unified-patent-court.org/en/node/74961);Dyson v. Dreame et al. (ハンブルク地方部 2025.8.14)(UP18カ国に加えスペインの侵害訴訟を認めた。さらに第1被告(中国企業)のグループ企業でドイツに住所を有する第2,第3被告が「アンカー被告(anchor defendant)」になるとして中国企業もハンブルク地方部訴訟の被告となることが認められた)(https://www.unifiedpatentcourt.org/en/node/137115)
4)判決原文: https://www.unified-patent-court.org/en/node/53123





