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2026.03.10

東南アジア駐在員事務所 寺岡裕芳

【商標ニュース】 シンガポール、悪意(Bad Faith)主張による商標異議申立が棄却された事例 ~代理店関係下の「翻訳商標」帰属と立証の実務的示唆

シンガポール知的財産庁(IPOS)は、商標「童年时光」に対する異議申立てにおいて、申立人TNSG Biotech Co Ltdの主張する悪意(Bad Faith)を認めず、異議を棄却しました。本件は、販売代理店関係の中で用いられてきた「現地語(中文)表記」の帰属を巡る紛争において、悪意主張のハードルの高さと、翻訳商標の評価手法を示したという点で注目されています。
(TNSG Biotech v Murray Colin Clarke [2025] SGIPOS 5)

事案の背景
対象商標の出願人であるDr. Clarke氏は、子ども向け栄養補助食品ブランド「CHILDLIFE」の創設者であり、異議申立人TNSGは、中国における販売代理店として、一定期間CHILDLIFE製品を流通させていました。問題となった「童年时光」は、CHILDLIFEの中国語表記として商品に表示されてきた名称です。
代理店契約の終了後、Dr. Clarke氏がシンガポールで当該中文商標を出願したところ、TNSGはこれが自社ブランドであり、無断出願は悪意(Bad Faith)に当たるとして異議を申し立てました。TNSGは、当初複数の異議理由を掲げましたが、最終的には悪意のみを主張した異議申立となりました。

悪意(Bad Faith)の法的枠組み
IPOSはまず、シンガポール商標法7条6項に基づき、悪意に基づく登録阻止を主張するには明確な証拠が必要であり、軽々しく推定されるべきものではないとの見解を示しました。IPOSは、悪意に関して、出願人が商標の出願時点で知り得た状況と、通常の商業基準に照らして不適切であったか否かという点とを立証する責任は異議申立人側にあると示しました。

IPOSの判断
シンガポール知的財産庁(IPOS)は、「童年时光」という名称自体は申立人側が考案した可能性を否定しませんでしたが、考案者が誰であるかという点は悪意判断の決定要素ではないとし、重要な点は、市場において当該商標が誰の出所表示として機能していたかという点であるとの見解を示しました。
提出証拠によれば、「童年时光」は長年にわたり「CHILDLIFE」と併記され、商品パッケージやウェブサイト上で並列表示されていただけではなく、申立人自身が運営していたウェブサイトの過去アーカイブにおいて、「童年时光」がCHILDLIFEの中国語名称である旨が記載されていた点が重視されました。
IPOSは、これらの使用態様から、需要者は両商標を同一出所の表示と理解するのが自然であると判断し、「童年时光」は独立したTNSGのブランドというよりも、CHILDLIFEの中国語版として機能していたと評価しました。
また、TNSGが多額の広告費を投じたことについても、代理店が販売地域で販促活動を行うことは通常の商行為であり、それのみで少々の帰属を基礎づけるものではないとしました。

他国裁判の影響
本件では、米国および中国において当事者間で関連訴訟が係属していたところ、IPOSは、外国裁判所の判断に拘束されるものではないと明言しつつも、提出証拠の信用性や全体評価の文脈で一定の参照価値を持ち得ることを示しました。この点は、国際的な紛争が並行して発生した場合における戦略を設計する上で、重要な示唆を与えるものであると言えます。

結論と実務的示唆
IPOSは、出願人が出願時に真正に自己の権利に基づくと信じていたと認定し、申立人は悪意のprima facie立証すら果たしていないとして異議申立を棄却しました。
本件からは、以下のような実務的示唆が得られるのではないでしょうか。

  • 悪意主張は、立証ハードルが極めて高く、具体的かつ一貫した証拠を揃えることが不可欠である。
  • 翻訳商標の帰属判断では、「誰が創作したか」よりも、「どのように表示され、需要者にどう認識されていたか」が重視される。併記表示や公式説明の内容が決定的証拠となり得る。
  • 海外代理店契約においては、商標の現地語表記の帰属、商標の出願権限、契約終了後の商標の使用禁止等を明確に条文化すべきである。

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参考情報:
シンガポール特許庁(IPOS)による2025年10月23日付の異議審決
https://www.ipos.gov.sg/manage-ip/resolveip-disputes-overview/legal-decisions/legal-decision-list/2025-sgipos-5/
ELLA CHOENGによるLinkedin記事
https://www.linkedin.com/posts/ellacheong_trademarklaw-intellectualproperty-trademarkopposition-activity-7424340359243173888-1noa/
BAKER & MCKENZIEによる2025年10月31日付のニュース記事
https://insightplus.bakermckenzie.com/bm/intellectual-property/singapore-bad-faith-opposition-fails-clarifying-ownership-of-mandarin-brand-translations

 


寺岡裕芳 (てらおか ひろよし)
NGB株式会社 東南アジア駐在員事務所(バンコクオフィス)
オフィスマネージャー

 

 

 

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