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2018.08.20

【Cases & Trends】 最新CAFC大法廷判決 — 145条に基づく審決不服の訴訟において、出願人は特許庁弁護士費用の支払いを要求されず

本コーナーでは久々となる、米国判例を紹介いたします。
特許庁審判部(PTAB)による拒絶審決を不服とする特許出願人が、CAFCへの直接上訴というルート(特許法第141条)ではなく、特許付与を求め連邦地裁に特許庁を提訴するというルート(同145条)について扱った事案です。判決直後に弁護士らの紹介記事・コメントなどをよく見かけましたが(「特許権者は一安心」、「特許権者にとり歓迎すべき判決」との論調多し)、通常ルートではないため、どこまで実務上のインパクトがあるかはわかりません。

ただ、判決文を読むと非常に教科書的で出願実務経験のない者(筆者)にとっても興味深く読め、また特許法に限らず、アメリカ法全体の基礎をなすキーワードも出てきて、本コーナーでとり上げる価値(十分に)あり、と判断しました。
そこで、以下、判決原文の「冒頭まとめ」部分は直訳で、それ以降の制度解説的部分と事案概要等は抄訳形式で紹介いたします。
(*小見出しは、読みやすくなるよう筆者が加えたもので、原文には含まれておりません)

【特許法第145条における「すべての手続き費用」には特許庁の弁護士費用は含まれない、と判断したCAFC大法廷判決 (NantKwest, Inc. v. Iancu, 7/27/2018 CAFC)(en banc)】

冒頭まとめ
「特許庁審判部(PTAB)が審査官の拒絶査定を支持した場合、これを不服とする特許出願人は、PTAB決定の見直しを求め連邦地裁に提訴することができる(特許法第145条)。第145条の手続きを利用する出願人は、その結果にかかわりなく、PTAB決定の防衛のために特許庁が負担した「すべての手続き費用(all the expenses of the proceedings)」を支払うことが、法の規定により要求される。

従来、特許庁がこの規定に基づき要求するのは、移動費(旅費)、印刷費、– 最近ではさらに — 専門家証人の費用だった。しかし、議会が第145条(の前身規定)を定めてから170年を経たいま、特許庁は、庁の弁護士費用もまた第145条でいう手続き費用に含まれる、と主張している。

当裁判所はこの主張を受け入れない。「アメリカン・ルール」の下、裁判所が、弁護士費用の負担を一方当事者から他方当事者へ転換することは、議会による「具体的かつ明確な」指令がない限り、認められない。145条における「すべての手続き費用」という文言は、この厳格な基準を満たしていない。

ゆえに、当裁判所は、本件地裁の判決を確認する」(7対4の多数決)

[PTABの拒絶審決に対し司法の見直しを求める2つのルート]
1) CAFCへ直接上訴する(特許法第141条)
2) ヴァージニア東部地区連邦地裁*へ特許庁長官を被告とする民事訴訟を提起(特許法第145条)
 *2011年の法改正(「アメリカ発明法」)によりコロンビア特別区連邦地裁から変更された。

[2つのルートの違い]
1) 141条手続 — 行政手続法(Administrative Procedure Act)に基づいてなされる、行政機関の決定に対する標準的な司法による見直し。CAFCはPTABの「法的決定」に対しては、最初からの見直し(de novo review)をすることができるが、「事実認定」については「実質的証拠によって裏付けられていない」場合しか覆すことができない。しかも、141条手続に基づく裁判所の見直しは、特許庁手続の記録の範囲に限定される。

2) 145条手続 – 141条手続に比べ、PTAB決定へのチャレンジはより広範に認められ、時間もかかる。たとえば、出願人はディスカバリーを要求したり、新たな証拠を提出することができる。争いのある事実について出願人が証拠を提出した場合、「地裁は最初からの認定(de novo finding)をしなければならない」 (Hyatt, 566 U.S. at 434-35)。さらに各種申立て手続きも認められ、全面的な事実審理手続へと展開することも可能である。

[145条手続における出願人の費用負担]
議会は、特許庁を145条のような訴訟手続に従事させることの「価格」として、「すべての手続き費用は出願人によって支払われるものとする」と定めた(35 USC §145)。
議会が145条の前身にあたる規定を導入した1839年以降、特許庁は、庁弁護士が証言録取に参加するための旅費、印刷費用、法廷速記者費用、専門家証人費用について、出願人に請求してきた。170年以上もの間、同条(あるいはその前身規定)に基づき、弁護士費用自体を特許庁が求めたことも、それを裁判所が認めたことも、一切なかった。
 *筆者注:最初に特許庁が弁護士費用を要求したのは2013年の商標事案(Shammas v. Focarino)

[アメリカン・ルールについて]
「その名が示すとおり、アメリカン・ルールとは、この国の根本原則である」(Hardt v. Reliance Standard Life Ins. Co., 560 U.S. 242, 253(2010)) … その起源が1700年代末に遡るこのルールは、米国においては「勝っても負けても、訴訟当事者それぞれが自分の弁護士費用を負担する」ことを定めている。アメリカン・ルールが適用されないのは、連邦議会が明示的に認めた場合に限られる。

アメリカン・ルールの根拠は、司法制度に対する公正なアクセスと料金問題を争うことの困難性にある。すなわち、
「訴訟とは不確実なものであり(at best uncertain)、単に訴訟を提起した、あるいは抗弁したということを理由に罰せられるべきでない。…敗訴者への罰則として相手方弁護士費用の負担が含まれるようなことになれば、貧者による訴訟提起を不当に抑制することになりかねない。また、「合理的な弁護士費用」について争う場合の時間、費用、求められる証拠の難しさは、司法管理上の大きな負担を生じさせることになろう。(Fleischmann Distilling Corp. v. Maier Brewing Co., 386 U.S. 714, 718(1967))

この理屈を本件に当てはめれば、「アメリカン・ルールとは、特許法145条のメリットを利用したいと考える中小企業や個人発明家に対し、連邦地裁へのアクセスを確保してやるもの」、ということになろう…。
このようなアメリカン・ルールの目的に照らし、連邦議会のみが、「制定する各種の法の中で、弁護士費用の転換(相手方負担)を許すもの、許さないものを選択し、決定する権限を有する」のである…。

[事案概要(NantKwest, Inc. v. Iancu)]
2001年、Dr. Hans Klingemannはナチュラルキラー細胞を利用したがん治療法を対象とする特許出願をした(その後NantKwest, Inc.に譲渡)。2010年、NantKwestの出願は、自明性を理由に拒絶され、2013年にはPTABも拒絶を支持する審決を下した。この審決を不服としたNantKwestは、特許法第145条に基づき、ヴァージニア東部地区連邦地裁に特許庁長官を被告として提訴した。

訴訟手続中、特許庁はNantKwestの出願が自明であったとする略式判決(summary judgement)を求める申立てを提出。地裁はこの申立てを認め、当裁判所(CAFC)も地裁の判断を支持した。NantKwest, Inc. v. Lee (Fed. Cir. 2017)

この後、特許庁は、第145条に基づき、「手続き費用」の支払を求める申立てを提出した。特許庁の請求総額111,696.39ドルのうち 78,592.50ドルが弁護士費用だった(専門家証人費用 33,103.89ドル)。

[費用に関する訴訟手続き経過]
2016年、地裁は「アメリカン・ルール」を引用して、特許庁の弁護士費用申立てを却下した。
地裁命令(申立て却下)を不服とする特許庁の控訴を受けたCAFCパネル(3人判事合議体)は、多数決で地裁命令を破棄した。地裁命令を破棄するに当たり、多数意見は、特許法第145条に相当するラナム法(連邦商標法)条項について解釈した第4巡回区控訴裁判所の判決に依拠した。Shammas v. Focarino(4th Cir. 2015)
この後、CAFCは自発的に本件控訴を全判事で審理することを決定し、パネル判決を取り消した。

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CAFC大法廷の結論は[冒頭まとめ]のとおりです。より詳細な判決理由(145条規定とアメリカン・ルールの関係他)にご関心ある方は、原文をご参照ください。(http://www.cafc.uscourts.gov/sites/default/files/opinions-orders/16-1794.Opinion.7-27-2018.pdf

判決原文には他に、「自発的に145条手続を選択する出願人によって生じた追加費用(弁護士費用)を(これを利用しない)出願人全体に負担させるのは不公正、と特許庁や本判決反対意見は主張するが、それは議会が解決すべき問題であるし、また主張自体が誇張されている。…控えめに見積もって年10件程度の145条手続において、特許庁弁護士費用を10万ドル/件としても(本件の特許庁弁護士費用よりも2万ドル加算)、…その影響は微々たるもの…」など、興味深い議論が記されています。

最後に、上記の通り、本件総額11万ドルのうち7.8万ドルという弁護士費用が出願人負担にならないことが確認されたということは、出願人にとって「一安心」ではあります。ただし、商標事案においては第4巡回区控訴裁が「弁護士費用も含まれる」と判断している以上(Shammas v. Focarino (4th Cir. 2015))、最高裁への上告可能性も含め、今後の展開を見守る必要がありそうです。

(営業推進部 飯野)

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