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2005.11.07

野崎篤志

【Cases & Trends】モトローラ、ライバル社へ移籍した前社長と和解 – 移籍先でのトレードシークレット「不可避的開示」の法理について

去る11月1日、世界第2位の携帯電話メーカーであるモトローラ社は、先月提訴していた同社前社長マイク・ザフィロフスキ氏(Mike Zafirovski)との間で和解が成立したと発表しました。

報道によれば(AP 11/1/05, Chicago Tribune 10/22/05他)、モトローラ社がザフィロフスキ氏を訴えたのは、モトローラを退社した同氏が無線電話装置のライバルメーカーであるノーテル・ネットワークス社(Nortel Networks Corp.カナダ・オンタリオ)CEO就任が明らかにされた翌日の本年10月18日。モトローラは同社のトレードシークレットが不正に開示される恐れがあるとして、イリノイ州クック郡の巡回裁判所に提訴し、ザフィロフスキ氏のノーテルにおける2年間の就業禁止他を請求していました。

[モトローラの訴えと早期の和解]

訴訟においてモトローラが主張していたのは以下2点:

1)競業禁止契約違反
 
ザフィロフスキ氏は、2005年1月にモトローラを退社。その際、いくつかのストックオプション契約を締結。同契約に付随して、2年間は競合他社で働かないことに同意した(ただし、この契約では違反に対する救済は明記されていなかった)。ザフィロフスキ氏は2005年11月15日からノーテルのCEOに就任する予定だった。

2)トレードシークレット不正流用のおそれ
 
ノーテルにおけるザフィロフスキ氏の職責に鑑みれば、同氏はモトローラ在職中に得た同社トレードシークレットを開示せざるを得ない。
->「不可避的開示(inevitable disclosure)」理論和解は提訴後2週間足らずで成立しました。内容は以下の通りです。

  • ザフィロフスキ氏によるモトローラのトレードシークレット保護義務の再確認
  • ザフィロフスキ氏によるモトローラへの1,150万ドル支払い(モトローラが同氏に支払っていた退職金1,680万ドルの一部返還)。*ただしノーテルはこの全額をザフィロフスキ氏に支給する予定だという。
  • ノーテルおよびザフィロフスキ氏による、モトローラ社員引き抜き制限

[“不可避的開示”の理論とは]

今回のような訴訟は、特に競争の激しい通信分野では珍しいことではありません。とりわけ企業幹部は、企業の重要機密情報に接する機会をもつことになり、そのような戦略情報に接しているがゆえにライバル企業にとって魅力的になるわけです。今回の訴訟でモトローラが主張した「不可避的開示」の理論は、まさに企業/使用者側がこのような状況に対処するための法理として発展してきたものです。すなわち、ライバル社に移った元幹部が自社トレードシークレットをライバル社で現実に開示、使用したかについてではなく、元幹部のライバル社における地位、職務に鑑みれば、自社トレードシークレットを移籍先で開示、使用せざるを得ないことを示すことにより、トレードシークレット不正流用を立証したことになり、差止め命令等の救済が認められるというものです。

この理論自体は特に新しいものではありません。古くから裁判所は、トレードシークレットに関するコモンローを適用して、元従業者の新たな職場における業務過程で前の雇用主(使用者)のトレードシークレットが使用または開示されるおそれがあることを前の雇用主(使用者)が証明した場合に、当該従業者が新たな使用者の下で働くことを禁じることができました。このような救済の根拠は、「不正流用のおそれ(threatened misappropriation)」に対する保護です。「統一トレードシークレット法典(Uniform Trade Secrets Act: UTSA)」(現在では全米のほとんどの州が採用しているトレードシークレット法のモデル法典)では、このコモンロー原則を法典化し、「現実の不正流用、または不正流用のおそれを禁ずることができる」と規定しています。したがって、大多数の裁判所は、UTSAの解釈によって、「不可避的開示」理論は不正流用のおそれに対する救済を具体化したものと認めています。

このとおり、「不可避的開示」理論は新しいものではないのですが、この理論が全米で広く注目を集めるようになったきっかけは1995年のペプシコ事件(PepsiCo. v. Redmond, 54 F.3d 1262 (7th Cir. 1995))です。この事件の被告レッドモンドは、ペプシコのある事業部門のゼネラル・マネジャーとして10年間働いていました。この間彼は、ペプシコのスポーツドリンクの製造、販売、価格設定、マーケティング、宣伝広告にかかわる戦略的事業プランを実行する責任者として、数多くの重要情報に接していました。レッドモンドがライバル・スポーツドリンクメーカーであるQuaker Oats Company(「クエーカー」)に移るためにペプシコを辞めると、ペプシコはレッドモンドを訴え、クエーカーにおけるレッドモンドの職務に鑑みれば、クエーカーにおいてペプシコの戦略プランが開示されることは避けられないと主張したのです。裁判所(連邦第7巡回区控訴裁判所)は、レッドモンドがクエーカーで働くことを6ヶ月間禁ずる地裁の差止め命令を支持したのですが、この判決において明確に示した「不可避的開示」の判断基準が、その後多くの裁判所に踏襲されるようになったのです。現在は概ね以下の要素が「不可避的開示」の判断における検討対象になっています。

  1. 前使用者および新たな使用者が直接的な競合関係にあるか否か
  2. 当該従業者の新たな職務がかつてのそれと同一であるか否か
  3. 当該トレードシークレットが明確に特定されたものか否か
  4. 当該トレードシークレットが前使用者、新使用者双方にとって高い価値を有するか否か

もっともこの理論は、労働者の自由移動や自由競争に対する制限として機能するおそれも多分にあり、かなり限定的に判断される傾向が強いのも事実。特にハイテク労働者の流動性の高いカリフォルニア州、ヴァージニア州、フロリダ州では、この理論の適用を完全に排除しているということです。いずれにせよ、裁判所の判断は各事例の事実背景に強く依存することになり、裁判所判断の予測可能性は高くないといえるでしょう。

参考文献: Gary Glaser, Patrick McMurray “Inevitable disclosure still not settled” The National Law Journal 8/29/05; Jeffrey W. Lorell, Kenneth Jannette “Protecting Trade Secrets Without a Restrictive Covenant” New Jersey Law Journal 3/28/05; Cameron G. Shilling “The Inevitable Disclosure Doctrine ? A Necessary and Precise Tool For Trade Secret Law” FindLaw 2004

(渉外部・飯野)

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