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2011.12.01

【インド特許庁訪問記2011】第3回:ムンバイ

今回は第3回目、ムンバイ訪問記です。

大都会ムンバイ
 インド西海岸、アラビア海に面する大都会ムンバイ。以前ボンベイと呼ばれていたこの街は、インド金融の中心地であり、インドで最大の都市です。最新の2011年国政調査ではムンバイの人口は1200万超(もっと多いとする資料もある)。1億弱の人口を有するマハラーシュトラ州の州都でもあります。大手財閥のタタやリライアンスグループなどの本拠地でもあり、また、ムンバイの映画産業はボリウッドと呼ばれて非常に人気があるなど、インドの経済、文化の中心といえます。多くのインド人にとって、ムンバイには、オシャレで洗練された憧れの街というイメージがあるようです。

デリーからムンバイへ
 さて、3日間のデリー訪問を終え、いよいよムンバイへ移動です。デリー-ムンバイ間のフライトの所要時間は約2時間です。
 インドの2大都市デリーとムンバイをつなぐ南北1500キロのエリアは、デリームンバイ間産業大動脈構想(DMIC: Delhi-Mumbai Industrial Corridor)というプロジェクトもある様に、インドの産業政策上、非常に重要なエリアです。人の行き来も多いため、フライトの便数も非常に多いです。フライトスケジュールを見れば、就航する航空会社は7社もあり、早朝6:00から深夜12時過ぎの便まで片道分で1日60便以上にのぼります。
 1月のデリーは、東京でいえば春先のような陽気で朝晩は肌寒いと感じましたが、飛行機で2時間、到着したムンバイでは、初夏のさわやかな天候でした。アラビア海からの風は心地よく、日差しもまばゆいばかりです。ムンバイでは、年間平均気温は24度、冬でも18度を下回ることはないいうことです。6月から9月の期間は、モンスーンの到来により雨が非常に多いようですが、今回の出張は、連日晴天が続く、非常に過ごしやすい時期でした。
 空港から市内までは車で1時間程。北部に位置する空港から街の中心部に向かって海沿いを一直線に南下する大きな橋を渡って市内に入ります。

インドの自動車事情
 インドの車と言うと、日本では、サイドミラーが片側のみの超小型車で価格が日本円で20万円強というタタの「ナノ」が話題になりました。しかし、実際にはナノを見かけることはありませんでした。街を走る乗用車は小型車クラスの車が多いです。タタではインディゴというブランドで売られています。また、スズキのスイフトは大変人気があるようです。

ムンバイ市街地
 ムンバイのラッシュ時間帯の交通渋滞はこの街の大きな問題です。港町であったこのムンバイは、西側がアラビア海沿岸、東側を河口から続く入江に挟まれた北から南に非常に細長い半島のような地形で、しかも街の中心部がその先端に位置しています。北部の郊外のエリアと南部の都心部をつなぐのは橋といくつかの幹線道路のみなので、朝夕ラッシュ時の渋滞は避けられません。
 ムンバイに限らず、インドの自動車に関する問題は交通渋滞だけではありません。交通事故が非常に多く深刻な社会問題です。2007年の統計で、インド全土での年間の交通事故死亡者数は11万人超。中国の交通事故死亡者数(2006年)8万9千人を大きく上回ってしまっています。実際、インドの車はどこにいっても運転が荒く、その荒さは確かに中国よりも頭ひとつ抜けている感じです。自分と他人の安全のため、定期的にクラクションを鳴らしながら運転することが、インドでは必要になってきます。実際、日本人が駐在などで長く住んでも、インドの道路で車を運転するのは難しいのではないでないかと思います。

ムンバイ特許庁
 さて、本題のムンバイ特許庁の訪問についてです。近年発行されたインドの特許公開公報、発行特許の発行日に基づき、NGBで独自に調べたところでは、インド4特許庁の中で、ムンバイ特許庁は、出願の受理数が他の庁よりも少ないこと、審査滞貨が少なく、権利化間の期間が短い傾向にあるということがわかっています。また、デリー、コルカタ、チェンナイ特許庁はいずれも外国籍出願人の特許出願が9割以上を占めるのに対して、その比率がムンバイでは低く、約7割。相対的にはインド国内からの出願を審査する割合が高い特許庁であるといえます。すなわち、規模は4庁の中でもっとも小さいながら、審査の質も高いのではないかという期待を持っています。
 ムンバイの特許庁はやや郊外にありますので、事務所の多い中心部からはやはり到着までは一時間近くかかり、交通渋滞に悩まされました。
 インド4特許庁(商標はムンバイの隣アーメダバード支庁を含め5庁)すべてを統括する長官(Controller General)は、現在ムンバイにオフィスを構えています。今回の訪問では、幸いこの長官にお会いすることができました。P. H. Kurian長官は、2009年に特許庁外部からの行政官僚として、特許庁長官に就任されました。技術系出身の方ですが、もともと知財の分野は専門外。それにもかかわらず、審査業務の効率化、庁の透明性の向上など、次々と改革を進めてこられました。バックグラウンドや直面する課題は全く異なるものの、改革へのリーダーシップは、USPTOのKappos長官ともどこか重なるように思います。このKurian長官、実際お会いしたところ、大変エネルギッシュな方で、もともと早口の人の多いインド英語のなかでも最速級の早さ、大きな声で機関銃のようにまくし立てられ、こちらも圧倒されてしまいそうになりました。ちょうど、この時期、特許、意匠、商標、地理的表示の特許庁での手続きマニュアルの作成過程で、特許出願のマニュアルは、公表されたドラフトについてのパブリックコメントの受付を終えた後でした。「日本からも貴重なご意見を頂きましたよ」と言っていただきましたが、インドの不特許事由(第3条)や審査特許庁の管轄についてなど、多くの意見が寄せられて、かなりの修正を検討している最中とのことでした。(その後、3月に最終版が発行されました)。

 さて、ご承知のとおり、特許権は独占権ですので、今回の訪問中にも、特許の話をすれば、インド特許庁の方が “monopoly”という言葉を口にされることはしばしばです。この“monopoly”という言葉がでる際には、心なしか、一瞬語気が改まって、特別な意味を持っているかのように聞こえました。まるで「独占権」の意味は重いんだぞと言われているようです。
 その昔、イギリス統治政府は、塩を専売制度として税収源としていたことがありました。インドの市民は生活必需品の塩を自由に製造することも許されず、もともと生活の苦しいインド人はさらに苦しめました。これに立ち上がったのがかのガンジーで、富めるものが富まざるものから利益を回収する仕組みを壊してインドを独立へと導きました。インドにおける「独占権」のイメージには、この塩の専売制度が重なるのではないかとも思えます。
 インドにおいて、特許とはすばらしい発明に対してのみ独占権を付与するものであり、特許権者がこれを実施すれば必ず社会貢献につながるべきものなので、特許発明の実施は義務なのだと、そのような理念で条文が制定されているように思います。
そのために、権利付与の審査は、審査官と管理官(コントローラ)の2重チェック体制で、慎重におこなうべきものなのだということなのでしょう。また逆に、通常のインド国民の現実からすると、特許はまだまだ遠い世界の出来事で、全くなじみのないものというイメージなのかもしれません。

パテントエージェント試験
 また、我々が訪れたのは、インドのパテントエージェント試験の前日ということでした。パテントエージェント試験の概略は以下のようなものだそうです。
 第1筆記試験:法文知識、第2筆記試験:明細書ドラフティング、口述試験の3部構成で、各試験を100点満点で採点し、合格基準点が各試験で50点以上、合計で180点以上となるそうです。筆記試験で一科目3時間ずつ行われ、その翌日に口述試験が行われます。パテントエージェントになるには、科学、工学系の学位を有すること必要だそうです。試験の合格率は20%程ということでした。(後日確認したところ、2011年度は1089名が実際に受験し、201名が合格したとのことです。)

インドの法律事務所
 さて、特許庁訪問の翌日訪れたのはムンバイの法律事務所。東京で言えば、六本木ヒルズや東京ミッドタウンのような立派なビルのワンフロアにオフィスを構えています。創立100年の歴史をもつこの法律事務所も、現在のオフィスはほとんどアメリカの事務所と変わらないモダンな内装でした。所員のスペースも確保されて、パートナー弁護士には個室が用意されています。ただ、面白いのは、受付や通路など各所にヒンズー教の神様がインテリアの一部として飾られており、やはりここもインドなのだとわかります。
 
 電力や交通などインフラ面での整備が進んでない現実はあるものの、インドの経済発展とともに、インドの事務所や企業が先進国並みの環境が整ってきているのは、むしろ当然の流れであると感じます。これからは、欧米企業や日本企業のよきパートナーとして、そして手ごわい競争相手として、インド企業の存在感はますます増すでしょう。

 今回は、インドの交通事情などをも交えながら、ムンバイ特許庁の訪問をご紹介いたしました。混沌とした中でも経済発展著しいインドのダイナミックな今を感じていただけたでしょうか?インド特許庁4庁訪問記、次回でいよいよ最終回、南インドのチェンナイ特許庁訪問についてご紹介いたします。

(特許部 井上敦)

ムンバイ市街地
特許庁長官(中央左)との面会
法律事務所が入るビル
法律事務所内の様子

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