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2015.07.21

【Cases & Trends】 アメリカから見た中国独禁法の知財濫用適用規則

 中国独禁法当局の動きが活発になっています。2014年には日本の自動車部品メーカーによる価格カルテルや、米独自動車メーカーによる補修部品の価格固定に対する摘発がなされ、翌2015年2月には、市場支配的地位の濫用を理由に中国当局の調査を受けてきた米クアルコム社が、約1,150億円の制裁金支払いで和解しました。
 とりわけクアルコム事件では、同社が保有する特許権の使い方が当局の調査の焦点となりました。そして、和解の2か月後、4月7日には中国独禁法当局のひとつである工商行政管理総局が知財に対する独禁法の適用ルール、「競争を排除・制限する知的財産権濫用の禁止に関する規則」を公表しました(施行は2015年8月1日)。
 
 まさに2015年は、中国独禁法と知的財産の緊張関係や共存関係がさまざまな形で論じられるスタートの年になるのだろうと思います。そこで今回は、アメリカ独禁法当局のひとつであるFTC(連邦取引委員会)のオフィシャルサイト中に掲載されていた、今回の中国規則に対する解説を紹介いたします。下手に要約することなく、ほぼ直訳形式で紹介しますので、長くなることをご容赦ください。

 *つい最近(2015.7.8)、日本のFTC(Fair Trade Commission:公取委)が「『知的財産の利用に関する独占禁止法上の指針』の一部改正(案)に対する意見募集について」と題し、標準必須特許(SEP)の利用、FRAND宣言と権利行使の関係などについてコメント募集をしています。以下と併せ読むと興味深いと思います。

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“Antitrust Enforcement in China” IPO IP Chat Channel May 7, 2015
Koren W. Wong- Ervin, Counsel for Intellectual Property and International Antitrust
U.S. Federal Trade Commission Office of International Affairs
 *筆者からは「必ずしもFTCの公式見解を示すものではない」とする注が付されています。

中国独占禁止法 2008年8月1日施行

[対象となる行為]
- 独占的契約/協定
- 支配的地位の濫用
- 集中(合併・買収)
米国シャーマン法第1条(反競争的契約)、同第2条(独占)、クレイトン法(反競争的合併・買収)に相当

[中国独禁法の執行機関]
- 商務省(MOFCOM)独占禁止局:合併・買収を審査
- 国家発展改革委員会(NDRC):価格に関する独占的行為(契約・協定、支配的地位の濫用)
- 国家工商行政管理総局(SAIC):価格以外の独占的行為(契約・協定、支配的地位の濫用)

[中国独禁法における非競争要素]
米国や他の国の独禁法との違い。競争分析において競争とは別の検討要素(consideration of non-competiton factors)が存在することが明示規定されている。たとえば、
- 第1条:中国独禁法は、「独占的行為を禁じ、市場での公正な競争を保護し、経済効率を高め、消費者の利益と社会的公共利益を守り、社会主義市場経済の健全な発展を促進することを目的として」制定された。
- 第4条:「国家は、社会主義市場経済と調和し、マクロ管理を完璧にし、統一され、オープンで、競争力をもち、秩序ある市場制度を促進する競争ルールを構築し、これを実行する」

[中国独禁法と知財]
第55条:本法は知的財産権の合法的使用に対しては適用されない。ただし、競争を阻害または制限する知的財産権の濫用に対しては適用される。

疑問点:
- 知的財産権の「合法的使用」とは何か
- 知的財産権の「濫用」とは何か
- 知的財産権に関連する独禁法違反は、競争を阻害または制限する行為に限定されるのか(たとえば、過度な価格設定を違反とする規定は、反競争的効果の証明を要件としているのか)

工商行政管理総局(SAIC)の独禁法/知財規則

『競争を排除・制限する知的財産権濫用の禁止に関する規則』
2015年4月7日 SAICは、長く待たれていた独禁法/知財規則を公表(5年以上をかけて9つの草案を検討)

[アメリカ独禁法当局アプローチとの類似点]
- 第1条:1995年司法省・FTC知財ガイドラインと同様に、反トラスト法と知財法が、イノベーションを促進し消費者福祉に資することを共通のゴールとする補完的法体系であることを確認している。
- ライセンス契約の制限条項を判断する際に「合理の原則」(rule of reason)を採用しょうとしている。1995年司法省・FTC知財ガイドラインも同様に大多数のライセンス契約制限条項について、合理の原則で評価している。

[問題のある規定]
- 知財に対する「不可欠施設」法理(“essential facilities” doctrine)の適法(第7条)
- 当該特許保有者が、書面の開示方針をもつ標準設定団体に積極的に参加していることを要件とすることなしに、標準必須特許の開示を怠った特許保有者に独禁法上の責任を負わせる(第13条(1))
- 必須であることを認定された特許について、特許保有者がFRAND条件順守を自発的に約束していない場合であっても、FRAND不順守を理由に独禁法上の責任を負わせる(第13条(2))

工商行政管理総局(SAIC)の独禁法/知財規則 「第7条」
第7条:知的財産保有者は、「不可欠な施設」のライセンス供与を拒否することが「競争を阻害もしくは制限」する場合、「合法的理由」がない限り、かかるライセンス拒否をすることが禁じられる。

この判断においては、以下の3要因が検討される。
1. 当該知的財産権が関連市場において合理的に他で代替することができず、他企業が関連市場において競争するうえで不可欠(essential)のものであるか否か
2. 当該知財をライセンス供与しないことが、関連市場における競争やイノベーションにマイナスの影響を及ぼし、消費者の利益、または公衆の利益を損ねるか否か
3. 当該知的財産権についてライセンス供与することにより、ライセンサーに対する非合理的損害を生じさせないか

不可欠施設の法理 - 米国との比較
- 米連邦最高裁による明確化:いわゆる「不可欠施設」法理については強い懐疑心をもって扱う。独占者でさえ誰と取引をするかの選択権をもつ、という一般ルールの例外を認めることについて裁判所は留意すべきである。財産を強制的に共有させることは「反トラスト法の根底にある目的とのをもたらす」。 Verizon Commc’ns Inc. v. Law Offices of Curtis V. Trinko, LLP, 540 US 398, 407-08(2004)
- 米反トラスト法当局は、「特許ライセンスの単なる一方的、無条件の拒否は、特許権と反トラスト法保護の接点に重要な役割を生じさせるものではない」としている。- 2007年司法省・FTC合同知財レポート

懸念事項:
- 不可欠施設の法理を知財に適用すると、排他権という知財保有者の核心的権利を実質的に毀損し、競争者が独自の競合知財を開発するインセンティブを削ぐことになりかねず、これが長期的には広くイノベーションに対するインセンティブの低下につながる恐れがある。
- 強制的に知財権を共有させることで、より多くのサプライヤーが川下製品を提供できるようになり、短期的には競争を高めることはできるかもしれないが、長期的には、イノベーションに投資する企業が減ることにより経済と消費者福祉が被害を受けることになる。
- ある施設が本当に不可欠であるということは滅多にない。また、強制的な共有を説く者は、(無理に共有さずとも)当該施設の周辺で競争し、消費者に利益をもたらす競争者たちの能力について過小評価をしている。

工商行政管理総局(SAIC)の独禁法/知財規則 「第13条(1)」
第13条(1)は、支配的地位を有する企業が、標準設定プロセスに参加しているにもかかわらず、「合法的理由」なしに、必須特許について「意図的に開示せず」、当該特許(技術)が標準技術として採用された後に、標準技術の実施者に対し特許権を主張する行為を禁じている。
第13条(1)の適用は、かかる行為の結果、競争の阻害や制限がもたらされる場合に限定されることが明示されている。

開示をしない場合 - 米国との比較
Rambus判決およびDell判決により、標準必須特許を開示しなかったことで反トラスト法上の責任が生ずるのは、以下の要件が満たされる場合である。

1. 特許保有者または出願人が、標準設定団体の投票権を有する積極的参加者であること、
2. 当該標準設定団体が、参加条件として、(特許)開示義務を定めた書面の方針をもっていること
3. 特許保有者または出願人が、詐欺的または意図的に、当該標準団体の開示義務に違反したこと
4. 標準の採用後、特許保有者または出願人が、当該標準の必須部分を実施する者に対し、自身が持つ必須特許の権利主張をすること
5. 特許保有者または出願人による特許不開示がなければ、標準には別の技術が採用されていたであろうこと
6. 特許保有者または出願人の行為により、関連市場における競争に不利な効果がもたらされた、またはもたらされるおそれがあること

懸念事項:
- 第13条(1)の適用は、書面の開示方針をもっている標準設定団体への、投票権を有する積極的参加者である標準必須特許(SEP)保有者に限定されていない。また、SEP保有者による不開示がなければ、別の技術が標準に組み込まれていたであろうことを要件としていない。
- 米国法や国際規範と異なり、第13条(1)は、一般的開示義務を課しているようだ。これは、特許保有者が標準設定活動に参加する意欲を削ぐことになりかねない。なぜなら、特許保有者は、自分のニーズに沿った開示方針をもつ標準設定団体だけに参加する選択肢を奪われることになるからだ。
- 第13条(1)は関連標準設定団体の参加メンバーが合意している要件を超えた開示義務を課す効果をもつ可能性がある。標準化設定団体はそれぞれ、自分たちの標準設定活動に沿った独自の開示レベルを決定する最良のポジションにあるのだ。

工商行政管理総局(SAIC)の独禁法/知財規則 「第13条(2)」
- 第13条(2)は、市場支配的地位を有する企業の保有する特許が標準必須特許になったとき、この企業が、「(合法的)理由なしに」、FRADN原則に違反して競争を阻害または制限する行為に従事することを禁ずる。
- 第13条(2)は以下の行為を例示している。
・ライセンスの拒否
・抱き合わせ
・他の「非合理的取引条件」を課すこと

懸念事項:
- 第13条(2)は、必須と認定された特許の保有者に対し、自ら従う意思の有無にかかわらず、FRAND「原則」への順守を義務づけているようだ。
- すべての標準必須特許に対して強制的なFRAND順守を課すことは、(特許の本質である)排他権を損ねることであり、イノベーションへの意欲を削ぐことになる。

米国のアプローチ
米国では、FRAND順守は、特許保有者が自発的に締結する契約の一種であり、FRAND原則を順守するか否かは、あくまで特許権者側の自発的判断の問題である。

結 び
SAICの新独禁法/知財規則は、少なくとも書面の範囲では、1995年米司法省・FTC合同知財ガイドラインで示した米反トラスト法当局のアプローチと概ね一致している。
ただし、知財に対する不可欠施設の法理適用や標準必須特許関連規定など、問題のある規定も見られる。
さらに、米国のアプローチと異なり、中国では知財関連事項に対する独禁法の役割が大きいようだ。おそらく、特許などの知的財産権とは、排他権というより、「公正」「合理的」補償を受ける権利を付与するものという見方が反映されているものと思われる。

⇒原文米国FTC
⇒原文日本公正取引委員会

(営業推進部 飯野)

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