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2016.09.20

【Cases & Trends】「フィンテック」特許・知財をめぐる米国最新事情 = 大手金融機関による特許出願ラッシュ、「フィンテック・ローヤー」、「フィンテック・トロール」動向 etc. = [後篇]

前篇では、米大手金融機関による特許出願ラッシュの状況とその背景について紹介しました。大手金融機関が自ら特許出願をし、権利確保を求める背景には、フィンテック・スタートアップによる特許権行使のリスクを回避したいという事情がありました。一方、フィンテック・スタートアップにとって脅威になるのが「フィンテック・パテントトロール」です。

今回は、このフィンテック・パテントトロールの動向、またフィンテック・スタートアップや既存大手が模索中するトロール対策について、紹介したいと思います(大手金融機関の脅威がフィンテック・スタートアップ ⇒ スタートアップの脅威がトロール。という単純な図式でないことは明らかです)。

トロールを引き寄せる「巨大マネー」と「曖昧な知財権」
アメリカンバンカー誌(“Fintech Patent Trolls Can’t Be Allowed to Win” Mark Sole, 4/28/2016)によれば、「ベンチャーキャピタリストによるグローバル・フィンテック企業への投資額は、2015年で合計180億ドル、2016年の第1四半期ですでに70億ドルに達している」そうです。そして、この巨大マネーが投下されるフィンテックの基盤となる技術(ビッグデータ、クラウドコンピューティング、IoT、モバイルペイメントetc.)は、複雑なうえに日々進歩し続けており、これらをカバーするという特許の権利範囲を明確に定義することは極めて困難です。

しかしこの「巨大マネー」と「曖昧な権利範囲」の組み合わせこそが、トロールを引き寄せるのです。権利行使に成功した場合に得られる成果物の大きさ、とりわけ「銀行を相手にし」、「ウォールストリートに支払いをさせる」ことの魅力が、「特許訴訟の肥沃な土壌」を作り出します。特許訴訟となれば、平均的なコストは320万ドル、途中で和解したとしても百万ドル単位の出費は免れないといいます。

これは年商1000万ドル程度の新興企業にとっては大きな負担になります。もちろん大手金融機関も魅力的なターゲットです。”Deep Pocket”(ふところが豊か)だけに、トローリングが成功すれば賞金は大きくなります。しかし、大企業が資力にものを言わせ徹底抗戦した場合、IPR利用による特許無効化の可能性や、敗訴した場合に大企業側の弁護士費用負担を要求される可能性が高まるなど、現在の米国はトロールにとってかなり厳しい環境になっているのも現実です。したがって、訴訟費用の負担を恐れ、すんなりと早期和解に応じてくれる新興企業は、トロールにとってやはり魅力的なターゲットなのです。

スタートアップの駆け込み寺(?) LOTネットワーク — 大手にとっても価値あり
そこで前出アメリカンバンカー誌は、資力に乏しく、トロールの訴訟攻勢に圧倒されてしまいがちなスタートアップに対し、有力な防衛手法の一つとして「LOTネットワーク」への参加を勧めています。2014年に設立されたLOTネットワークとは、事業会社間のトロール対策連合という性質をもつ非営利団体です。当時、日本でもこのように紹介されていました。

「米グーグル、キヤノン、独SAPなど6社は9日、特許連合「LOTネットワーク」を設立したと発表した。和解金を目当てに特許訴訟を起こす「パテント・トロール」と呼ばれる専門会社の標的になるのを回避する狙い。世界の有力企業に参加を呼びかける。LOTネットワークの設立メンバーにはドロップボックス、アサナ、ニューエッグの米ベンチャー3社も含む。加盟企業が保有する特許を外部企業に売却する際、他の加盟企業に特許の使用権を無償で与え、専門会社から訴えられないようにする。6社の特許資産は合計で約30万件という」(日本経済新聞 2014.7.10)

LOTネットワークのホームページをチェックすると、現在(2016.9.13)の会員は70~80社。いまや、その「特許資産」は57万件を超えています。まさにスタートアップにとって「数は力」。さらに、LOTのような特許資産の傘の下に入ることにより、防衛的特許使用権だけでなく、さまざまな情報も提供されます。

もっとも、恩恵を受けるのは大手企業も同じです。金融大手のJPモルガンもLOTネットワーク会員ですが、フィンテック・スタートアップの特許に脅威を感じる金融大手にとってみれば、彼らがLOTメンバーになればなるほど、スタートアップによる特許の脅威がなくなることになるはずです(…ここでひとつ疑問が生じました。LOTメンバーがトロールに売った特許がLOTメンバー権利行使されることはありませんが、LOTメンバー(例えばフィンテック・スタートアップ)が他のLOTメンバー(例えばJPモルガン)に対し直接権利行使することはできるのでしょうか?)

ブロックチェーン分野で注目の動き – 第一人者が権利不行使を宣言 …さらに「パテント・シェアリング」へ
フィンテックにおける代表的技術、というより金融取引の枠を大きく超えて様々な分野での活用が期待される「ブロックチェーン」ですが、最近ある企業が発表したトロール/特許問題対策が注目されています。

2016年7月19日、ブロックチェーン技術開発のトップ企業Blockstream Corp.(カナダ・オンタリオ)は、独自の「防衛的特許戦略」(Defensive Patent Strategy)を発表し、自分たちが保有する(および今後取得する)特許について、防衛目的以外では使用しないと宣言しました。具体的には、同社の防衛戦略として、1) 「特許誓約」(Patent Pledge)と 2) 「修正イノベーター特許契約」(Modified Innovator’s Patent Agreement)の二つの文書が公開されています。

1)「特許誓約」において権利不行使が宣言され、さらにそれを実現する手段として「防衛的特許ライセンス」(Defensive Patent License, version 1.1)が提示されています。2)「修正イノベーター特許契約」は自社のエンジニア/発明者との契約であり、発明者からBlockstream側への発明譲渡について定めるとともに、Blcokstream側は譲渡された発明に基づく特許権を、防衛目的以外で行使しないことを定めています。

興味深いのは、「防衛的特許ライセンス(DPL)」です。DPL冒頭の文言によれば、このライセンスはBlockstream側が供与するだけでなく、多くのブロックチェーン技術開発者が自分の特許をDPLライセンスの対象に加えることを望んでおり(「いまは特許を保有していなくともかまわない、特許を取得したときには…」とも言っています)、この動きが拡がり、「DPLパテント・シェアリング・コミュニティ」を構築することがひとつの目標とされています。

パテントもシェアリング・エコノミーの対象になっていくのでしょうか…。否、Blockstreamの権利不行使対象はあくまで「ソフトウェア特許」であり、ハード関連の特許は含まれないと明言しています。また、「特許誓約」冒頭でも、「理想は、技術進歩を阻害しかねないソフトウェア発明の特許をとらないこと。しかし、現実の世界において、この戦略はビットコイン・コミュニティを危険にさらしかねない。…防衛公開という手段も、現実に特許無効化にはかなりの難しさがあり、この手段に全面的に頼るわけにはいかない。…結局、我々が自由に技術を利用できる状態にするためには、自ら特許を取得したうえで、その使用法について約束事を設けることが肝要」としています。

悪いのは特許制度ではない、制度を濫用する者たちだ…といい切れるかどうか。とにかく、この興味深い分野における”cases & trends”を引き続きウォッチし、続報してゆきたいと思います。

*標題にある「フィンテック・ローヤー」はフィンテック知財に詳しいということではなく、金融行政・規制の専門性に焦点が置かれていましたので(医薬行政に詳しい「FDAローヤー」のようなもの)、本記事では特に触れないことにしました。

(営業推進部 飯野)

参考資料
1) ウォールストリートで展開されるフィンテック特許取得レース
Wall Street Races to Secure FinTech Patents (Ziqun Guo, March 2, 2016 Berkeley Law)
2) フィンテック・ビジネスに賭ける米大手金融機関の特許出願ラッシュ
Big Banks Stake Fintech Claims With Patent Application Surge (Kim S. Nash, May 10, 2016 Blogs Wall Street Journal)
3) 既存テクノロジーカンパニーを上回る金融機関のフィンテック特許出願
Banks Outpace Technology Companies with FinTech Patents (MAULIN SHAH  FEBRUARY 16, 2016 PatentVue by Envision IP)
4) フィンテック・パテントトロールを勝たせるな
Fintech Patent Trolls Can’t Be Allowed to Win (Mark Sole, April 28, 2016 American Banker)
5) パントトロール阻止を目的に、ロシアで「ビットコイン」商標登録
‘Bitcoin’ Becomes Trademark in Russia to Prevent ‘Patent Trolls’ (Allen Scott, Apr. 18, 2016 Bitcon.com)
6) 金融サービス会社をターゲットとする特許訴訟のリスク
Patent Suits Target Financial Services Companies (RPX Patent Risk Digest July 2016)
7) フィンテックブームで急増する「フィンテック・ローヤー」の社内弁護士募集
Fintech Boom Leads to In-House Hiring Surge (David Ruiz, July 8, 2016, Corporate Counsel)
8) ブロックチェーン特許出願の増加がもたらすトロールの脅威
IP Trolling Becoming Threat as More Firms File Blockchain Patents (Jamie Redman, September 9, 2016 Bitcoin.com)
9) ブロックチェーン開発のトップ企業が、特許権不行使を宣言
Top Blockchain Developer Makes Patent Non-Aggression Pledge (Joseph Marks July 20, 2016 BNA’a PTCJ)

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