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2023.02.09

営業推進部 飯野

【Cases & Trends】米FTCの競業避止禁止ルール(案) 早くも1万超のコメント提出で議論沸騰 — 重要性を増す適切な営業秘密保護の取り組み

雇用主は従業員の転職を制限する競業避止義務を課してはいけない。現在の雇用契約中に競業避止条項が存在する場合はこれを取り消さなければならない。雇用主は競業避止義務がもはや有効でないことを従業員に積極的に知らせなければならない。
2023年1月5日、米連邦取引委員会(Federal Trade Commission: FTC)は、このような(雇用主にとっては)厳しい規則案を公表しました。このニュースは正月休み明けの日本でも広く報じられたため、ご存知の方も多いと思います(たとえば <米FTC、競合企業への転職禁止に反対 「自由を妨害」> 日本経済新聞2023.1.6)。

事前に広範な調査を実施したというFTCによれば、「使用者が従業員に課す競業避止義務は、賃金の抑制、イノベーションの阻害、起業家による新ビジネス立上げの妨害などをもたらす。これを禁ずることによって、年間3千億ドルの賃金上昇と米市民3千万人分の就業機会増が試算される」といいます。そこで、「競業避止は不公正な競争方法に該当し、これを禁ずる連邦取引委員会法(FTC法)第5条に違反すると考える。この暫定的認定に基づいて本規則案を作成した」として、パブリックコメントを募集しました。
以下、FTC規則案の骨子、反響、これを受けた立法動向などの一部をご紹介します。

[規則案の概要]
連邦官報(Federal Register)告示:2023年1月19日(88 FR 3482)(注1)
“Non-Compete Clause Rule” A Proposed Rule by Federal Trade Commission

連邦規則(Code of Federal Regulation)Title 16, Chapter I に subchapter Jを新設する。
Title 16 – Commercial Practice, Chapter. I – Federal Trade Commission
Subchapter J – Rules Concerning Unfair Methods of Competition
Part 910 – Non-Compete Clause

不公正な競争方法(16 C.F.R. §910.02)
使用者(employer)による以下の行為を違法とする。
・従業員(worker)に競業避止義務を課す、または課そうとすること
・従業員への競業避止義務を維持すること
・特定の状況において、従業員が競業避止義務下にあることを表明すること
*「従業員」には独立の請負業者も含まれる。
*使用者は現存する競業避止条項を取り消し、これらがすでに有効でないことを積極的に従業員に表明しなければならない。
*本規則は、秘密保持義務など他のタイプの従業員制限には適用されない。ただし、制限の範囲が広すぎて事実上の競業避止として機能する場合は適用される。(「機能テスト(functional test)」)

定義(16 C.F.R. §910.01)
(b) 競業避止条項(Non-compete clause)
(1)競業避止条項とは、従業員が、使用者との雇用終了後に、他者による雇用を求めたり受け入れることを禁ずる、または自ら事業を行うことを禁ずるような、使用者と従業員間の契約条件をいう。
(2)使用者との雇用終了後に、従業員が他者による雇用を求めたり受け入れることを禁ずる、または自ら事業を行うことを禁ずるような効果を有するため、事実上の競業避止条項(de facto non-compete clause)になるような契約条件を含む。– 契約条件が事実上の競業避止条項であるか否かの機能テスト(Functional test)
例:
i)雇用終了後に従業員が同一分野で働くことを実質的に禁ずるほど広く書かれた秘密保持契約
ii) 従業員の雇用期間が特定期間内に終了した場合、使用者または第三者への研修費用(training costs)の支払いを従業員に要求する使用者と従業員間の契約条件であって、従業員研修に使用者が費やした費用と要求額に合理的関係がない場合。

コメント提出期限:2023年3月20日

[反響および今後の展開]
反対派FTC委員の呼びかけ
本規則案の公表はFTCの委員による3対1の多数決によってなされました。FTCの現在の委員は、リナ・M・カーン委員長他3人の計4人(定員は5人ですが現在1人欠員状態)。うち民主党系3人、共和党系1人という構成になっています。反対者は共和党系のクリスティーン・ウィルソン委員で、同委員は規則案と同時に公表された反対意見の中で、規則案のベースとなった調査結果のエビデンスが不十分であることやFTCの規則制定権限が不確かであることなどを指摘し、多くの利害関係者が積極的にコメントを提出するよう呼びかけています(注2)。
(FTCの本規則制定権限については、本規則が最終採択された場合、規則が施行されるまでの180日の間に訴訟が提起されることが確実視されています)

増加し続けるコメント提出
ウィルソン委員の呼びかけに応ずるまでもなく、この規則案が及ぼす影響の大きさを受け、多くのコメントが寄せられています。本校執筆時点で、コメント提出期限にはまだ1カ月以上ありますが、提出されたコメント数は10324件です(注3)。コメント提出はまだまだ増えそうです。本規則を十分に検討するため、3/20の提出期限をさらに60日延ばすよう求める100団体の共同書簡がFTCに提出されているということです。(注4)

議員も反応 – 法案の提出
2月に入ると米議会上院の超党派議員グループが同様の規定を盛り込む法案 “Workforce Mobility Act”を提出したという話もあります。これは、前議会(第117議会2021-2022年)に提出されたものを再提出するものということです。

高まる営業秘密保護取り組みの重要性
なお、本規則案では競業避止条項が対象となっていて秘密保持義務などは基本的に対象外です。とはいえ、競業避止条項の定義がかなり広く、上記の通り「事実上の競業避止条項」の例として、「従業員が同一分野で働くことを実質的に禁ずるほど広く書かれた秘密保持契約」が筆頭に挙げられています。こうなると、企業の営業秘密や財産的情報を守るためには、企業内での営業秘密保護ルールなどをこれまで以上に明確に定め、雇用契約においては合理的な転職を認めつつも、明確に特定された営業秘密や財産的情報の持ち出しを制限するなど、細やかな契約ドラフティングが求められるといった指摘が複数の専門家からなされています。

今後さらに人材の移動が増えるであろう日本においても、企業サイド、従業員サイド双方にとって、FTCの規則案をめぐる米国の議論はとても興味深いものになりそうです。引き続き動向をウォッチし、紹介したいと思います。

注:
1) 88 FR 3482 (https://www.federalregister.gov/documents/2023/01/19/2023-00414/non-compete-clause-rule)
2) “Dissenting Statement of Commissioner Christine S. Wilson Regarding the Notice of Proposed Rulemaking for the Non-compete Clause Rule” (https://www.ftc.gov/system/files/ftc_gov/pdf/p201000noncompetewilsondissent.pdf)
3) Regulations.gov (https://www.regulations.gov/docket/FTC-2023-0007)
4) たとえば、”AHA, Others Urge FTC to Extend the Non-Compete Clause Rule Comment Period” (2023.1.31 American Hospital Association)
5) クリス・マーフィ上院議員 “Murphy, Young Reintroduce Bill to Protect American Workers, Limit Non-Compete Agreements” 2023.2.1

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