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2025.07.28
特許部 木下 遼祐
※本記事は2024年8月30日付弊社記事:【特許・意匠ニュース】 欧州、クレーム解釈に関する質問が拡大審判部に付託(G1/24)の続報となります。
2025年6月18日、欧州特許庁の拡大審判部は審決G1/24を公表しました。
主文
本審決では、クレーム解釈に関する以下2点の原則が判示されました。
1. クレームは、EPC第52条~57条に基づく発明の特許性を評価するための出発点および基礎となる。
2. 明細書と図面は、クレームが不明確及び不明瞭の場合のみならず、常に参照される。
背景
G1/24の前審T439/22は、電子タバコに関する特許(EP3076804)の異議申立の維持決定に対する審判で、本特許のクレーム1の“gathered sheet”という用語の解釈が焦点となりました。
EPC第69条およびEPC第69条を解釈するための議定書に従えば、クレーム解釈の際には明細書等の記載を参酌する必要がありました。この場合、本特許の明細書に記載された定義に基づけば、引例に開示されたシートがクレーム1の“gathered sheet”に含まれるため新規性が否定されることになると考えられます。これは、これまでの一連の審決(例えば、T 1473/19、T 0620/08、T 0367/20、T 1671/09)および他国の一般的なアプローチ、さらに統一特許裁判所(UPC)の最近の判決(335/2023)とも整合しています。
一方、“gathered sheet”という用語はタバコ業界において明確かつ広く合意された意味を有していることから、本願明細書の記載を参酌する必要はないとするアプローチ(クレーム優位のアプローチ(審決T169/20))も存在しました。このアプローチに基づけば、クレーム解釈における明細書の参照は、クレームの対象を明確にする必要がある例外的な場面に限定されることになります。そのため、クレームの文言が当業者にとって明確である場合は明細書の参照は不要で、その正当性も認められないことになります。
これまでの判例では、クレーム解釈に関する以下問題について、その判断が異なっていました。
・クレーム解釈の法的根拠
・クレーム解釈の際に明細書や図面を参照するには、まずクレームの文言が曖昧または不明確である必要があるか否か
・特許がそれ自体の「辞書」として機能する範囲
付託された3つの質問
上記背景の下、上述したクレーム解釈の不一致を是正しクレーム解釈の統一を目的として、以下3つの質問が拡大審判部に付託されました。
1. EPC第69条(1)第2文およびEPC第69条を解釈するための議定書の第1条は、EPC第52条から57条までの発明の特許性を評価する際に、クレーム解釈に適用されるべきか?
2. 特許性を評価するためにクレームを解釈する際に、明細書と図面を参照してもよいか? もしそうであれば、これは一般的に行うことができるのか、それとも当業者がクレームを単独で読んだ際、不明確または曖昧であると判断された場合にのみ行うことができるのか?
3. 明細書で明示的に付与されたクレームで使用されている用語の定義または類似の情報を、特許性を評価するためにクレームを解釈する際に無視してもよいのか? もしそうであれば、それはどのような条件下で可能か?
拡大審判部の判断
質問1について
拡大審判部は、特許性評価におけるクレーム解釈について、EPCの条項に基づく明確な法的根拠は存在しないとの見解を示しました。これは、EPC第69条およびEPC第69条を解釈するための議定書第1条は侵害訴訟にのみ関係するものであり、また、EPC第84条は特許出願の内容に関するものであって形式的な性質を有し、クレームをどのように解釈すべきかについての指針を提供するものではないという立場に基づくものです。
しかしながら、拡大審判部は、既存の判例において上述の条項を類似的に審査に適用することでクレーム解釈の原則を抽出できると考え、クレームがEPC第52条~第57条に基づいて発明の特許性を評価する際の出発点でありその基礎となるという点が確立された事実である旨を示しました。
質問2について
拡大審判部は、「クレームが不明確でも曖昧でもない場合、明細書や図面を参照する必要はない」とする立場を否定しました。この否定された立場はEPC第69条の文言、ひいてはその原則に反していると考えられ、またEPC加盟国の裁判所実務やUPC(統一特許裁判所)の実務とも矛盾しています。さらに論理的に考えても、クレームの文言が明確であると判断する行為自体が解釈の一環であり、それは解釈の前段階に留まるものではないと述べられました。
そのため、拡大審判部は、クレームを解釈する際には、明細書や図面を常に参照しなければならず、不明確・不明瞭な場合に限られるべきではない、と結論付けました。
質問3について
拡大審判部は、当該質問は質問2の範疇に含まれるため、判断は不要としました。
また、拡大審判部は、今回の決定がUPCのクレーム解釈に関する判例と整合している点についても言及しています。
考察
今回の審決により、審査において明細書及び図面の記載がクレーム解釈へ与える影響が一層強まることが予測されます。これにより、クレームの用語が意図しない形で解釈されるリスクを軽減するためにも、明細書等の記載には、より慎重な検討が求められることになると考えます。特に、他国での出願を優先権の基礎とする場合には、欧州出願の際、明細書の再検討や必要に応じた修正の重要性がさらに高まると考えられます。
弊社では、必要に応じて欧州代理人と協力しつつ、出願前段階での見直しや調整をサポートする体制を整えております。
本記事についてご質問等ございましたら、お気軽にご連絡ください。
(参考)
・欧州特許庁プレスリリース
Press Communiqué of 18 June 2025 concerning decision G 1/24 (“Heated aerosol”) of the Enlarged Board of Appeal | epo.org
・審決G1/24
G 0001/24 (The description and any drawings are always referred to when interpreting the claims, and not just in the case of unclarity or ambiguity.) 18-06-2025 | epo.org
・審決T439/22
https://www.epo.org/en/boards-of-appeal/decisions/t220439eu1
木下 遼祐
大学院博士前期課程修了の後、日本技術貿易(現NGB)株式会社に入社。修士(薬科学)。入社以来、化学・製薬・食品分野を中心とした外国特許出願をサポート。外国特許について権利化から他社特許対応まで幅広く対応。各国実務に関する情報収集・発信で顧客の知財活動支援も行う。